15.雪花-14

 今日も今日とてクルベスから護身術を教わったり魔術の練習に励む。
 それにしてもここ最近ようやくコツでも掴めたのか、魔術の練度が目に見えて向上している。人に見せることが良い方向に働いたのだろうか。
 
 そこでふと今日はティルジアくんの姿を見ていないことに気がつく。
「あぁ、今日は外に出てるんだよ。もちろん護衛として衛兵はつけさせてる」
 周囲を見回してあの子の姿を探していた自分に、クルベスが「このところ休日の度に外に出かけていてな」と話す。本人が『どうしても』と言って聞かないのだそう。

 

 そういえば最近は特に外の話に興味を持っていたな。先日もクルベスを待っている間にしこたま聞かれたか。
『外にもレイジさんみたいに優しい人がいるって分かったから!だから学校行くの楽しみなんだ!』
 花が咲いたような明るい笑顔でそう言っていたっけ。

「最近は外に行くのが楽しみらしく。……安心したよ。あの子、本当に外を怖がっていたから」
 クルベスは安堵の表情を浮かべると「今度ルイにも会わせてあげようか」と微笑む。あの様子だとルイと会ってもきっと大丈夫だろう。むしろすぐ仲良くなれるかもしれない。
 まぁとりあえずサフィオおじいさんやジャルアさん、あと父さんたちに聞いてみないことには何も始まらないか。

 

 だがそんな日は来ることは無かった。
 それまで続いていた王宮での魔術の練習が六月末のその日を最後にパッタリと途絶えてしまったからだ。
 それどころかしばらくの間、クルベスがこちらを訪れることも無く。あいつにまた会えたのは約二ヶ月後。八月も終わりに差し掛かる頃だった。

 ◆ ◆ ◆

「ねぇ、どうなの?誕生日プレゼント、どんな感じで渡したのー?やっぱりシンプルに『おめでとう』とか?それとも日頃の感謝も込めつつ『いつまでも元気でいてね』的な?ハッ……!もしかして『これからもずっと大好きだよ』って言ったり……!?」
「舌引っこ抜くぞ」
 ついに勇気を出したのか……!とふざけたことを抜かすエスタを睨みつける。

 今は週末の勉強会の最中だ。そして先ほどからエスタが聞いてくるのは『クルベスにあのペンを渡せたか』ということ。
「ちゃんと渡した」と言う説明だけでは納得せず何度も、しつこく、鬱陶しいぐらい聞いてくる。いい加減諦めろ。てか『これからも』って何だ。そんな小っ恥ずかしいこと誰が言うか。

 

「ちゃんと渡した。普通に渡した。これでいいだろ。ほら、休憩おわり。続きやるぞ」
 問題集を開いている傍ら、エスタは「けちー」とわざとらしく頬を膨らます。

「あとでルイから聞き出そう、とか考えんなよ。んなことしたら二度と勉強見ねぇからな」
「そー……んなこと……考えてないよー……?」
 エスタはスーッと目を逸らし「さーてお勉強しなきゃー」と棒読みの返事をする。念のため釘を刺しておいたのだが当たりだったか。
『ルイにもあとで注意しておかないとな……』と心の中で呟きながら、先日クルベスと交わした会話を思い出す。

 

 

「これ、ありがとな。一生大事にする」
 クルベスは俺が渡した紺色の軸のペンをこれまた大事に仕舞うと、歯の浮くようなキザな台詞を吐く。それに俺は「あっそ」とだけ返して(おそらく真っ赤になっているであろう)自身の耳を隠した。

 昔から思っていたのだが言い方を考えろ。お前はいつもそうだ。ジャルアさんと初めて会った時も『愛しの甥っ子君』とか言われたし、ティルジアくんに俺のことを紹介した時も『俺の大切な家族』と恥ずかしげもなく言ってのけるし……何も知らない第三者から通報されても知らないぞ。

 

「なぁ、そういえば最近は向こうで練習とかしなくなったよな」
 この二ヶ月ほど、クルベスは多忙だったようで全く会えていなかった。(父さんの電話を介して二言三言話したりはしたけども)もちろんその間、王宮には一度も行けていない。
 ティルジアくんからすると『それまで結構な頻度で会っていた人が突然来なくなった』という風に考えてしまっても無理はない。あの子の性格を考えると『自分が何かしてしまったのではないか』と気に病んでいる可能性もある。

 それを心配して聞いたのだが……その瞬間クルベスの表情が曇る。すぐに元の様子に戻ったが、あれは見間違いではない。

「そうだったな。……いや、悪い。ちょっと色々と警備の方針とか変わって、人の出入りを制限することになったんだ。極力、外部からは人を入れないって。俺は普段からあっちで過ごしてるから問題無いんだが……レイジが向こうに行くのはしばらく無理だと思う」
 本当にごめんな、と言ってその会話を打ち切った。

 

 別に『残念』とかそんなことは思ってないけど……それなら俺のほうにもそう伝えてほしかった、と少しばかり思ってしまう。
 その代わりというわけではないが、ここ最近はこうしてエスタの勉強を見る『週末のお勉強会』が増えたので、今はこっちのほうが忙しいから別にいいけど。

 でもこちらから切り出してようやく『警護の方針が変わって〜』とか……そういう事後報告ってクルベスはしないタイプだと思っていたのだが。
 まぁおおかた、忙しかったからそこまで気が回らなかったってところだろう。

 


 今回のお話の前と途中で第二章『白雪の朋友』が進行しています。(エスタさんとお友達になる〜クルベスさんへのプレゼントを買いに町にお出掛け)同時進行みたいな感じ。