16.雪花-15

 結局ティルジアくんと再会したのはあの子の祖父――サフィオおじいさんの葬儀の時か。

 今更こんなことを思い出したのは久しぶりにあの子と会ったからだろう。
 病室の扉をぼんやりと見つめながら、先ほど見送ったあの子のことを考える。

 

『話を、しに来ました』
 とても緊張した顔でやってきたティルジアくん。
 それも当然だ。あの子からすれば俺はあの子の母親を手に掛けた殺人鬼なのだから。

 あの子の様子に違和感を覚えたがすぐに合点がいった。どうやら俺のことは覚えていないらしい。
 それも仕方がないか。幼い頃にたった数ヶ月しか付き合いが無かった人間のことなんて忘れても無理はない。

 今は思い出話をしている余裕などない。これまで俺が見た物とあの子の身に迫っている危険を知らせることが最優先だ。

 ルイは無事に助かったことが知れただけでも良かった。クルベスのところにいるのならばきっと大丈夫だろう。
 世話焼きでお節介が過ぎるあいつのことだ。きっとルイに寂しい思いなどさせていないはず。

 

『……あなたはそれでいいんですか』
 去り際にティルジアくんから掛けられた言葉が頭の中で反響する。

 ……良いわけがないだろう。
 あの子の母親を殺めてしまった時。それを呆然と見ることしかできなかった自分の前に飛び出してきた弟の顔がよぎる。

 動揺と困惑。
 弟にあんな顔をさせた自分に、もう兄と名乗る資格は無い。

 このままだと自分は再び誰かを傷つけてしまうかもしれない。いつかは弟まで手に掛けてしまう可能性なんて十二分にある。

 だから、そうなる前に。

 

 その時、自分の意識が沈められていく感覚に陥る。
 あぁ、時間切れだ。また俺は『レイジ・ステイ・カリア』では無くなる。

 でももしも、次に目を覚ますことが出来たら。

『僕はきみを助けたい……普通の人と同じように幸せに生きてほしいんだ』
 あの青年にも申し訳ないな。せっかく助けてもらったのに。その恩を仇で返すかたちとなってしまった。

 嫌いで仕方がなかったこの力。
 でもこの力でやれることはまだ一つだけある。
 自身の凶行を止められる唯一の方法が。

 

 心残りなんていくらでもある。失われた日常に思いを馳せた日は数知れない。

 父さんと母さんに学校であったことや将来のこととか色んな話をして。そういう時に限ってクルベスが持ち前のお節介を焼いて『不安とか心配なことがあったら言えよ』とか言ってくるんだ。言ったら面倒臭いから言わないけど。

 それからルイに勉強を教えたり、いつものように雪や氷を作って見せてあげて。
 そんなことをしてると決まって『綺麗』だとか『好き』だとか恥ずかしげもなく言う奴に呆れたり。

 ……あいつはどうしているのだろうか。
 俺が勉強を見てやっていたから、俺がいなくなった後はさぞかし苦労していることだろう。その度に泣き言を言って、俺に助けを求めていたりして。
 いや、最後に会ったあの日からもう八年も経つから俺のことなんて忘れてるか。底抜けに明るいあいつのことだ。変わらず呑気に過ごしているんだろうな。

『じゃあまた来週な』
 あいつは別れ際にそう言って手を振っていた。
 何も言わずにいなくなったことを悔いてもしょうがない。

 

 沈む。沈む。
『自分』が底の見えない深淵へと沈められていく。

 最期に一度だけでもいい。
 ルイに会いたかったな。

 視界が暗くなっていく中、叶いもしない願いを呟く。

 そうして、水面に落ちた雪のように意識が消えた。

 


 第一章(9)『夜の帳が下りる頃』の後。とある病室での独り言。