「クルベスさん。こうしてただ待っているのも退屈ですし、どうせなら校内を案内しましょうか。俺ここの卒業生なんで問題なく入れると思いますよ」
正門前でティジたちを待つエスタは隣に並び立つクルベスに顔を向ける。今日は普段と違ってクルベスの車で帰るのだ。(実を言うと『いつかエディさんの車にも乗ってみたいな』と思っている)
「遠慮する。第一、学園祭の後片付けで忙しそうにしてる中をのんきに校内見学するほど肝は据わってないぞ」
クルベスの軽口をエスタはハハッと笑い飛ばす。
「ですよね。俺も『じゃあ頼む』って言われたらどうしようって思ってました」
まぁ見たところ片付けもひと段落したようで終了直後ほどの慌ただしさは無くなっている。終わってしまえば何とあっけないものだと思えるが、やはり少しばかり寂しい。
「学園祭楽しかったですねー。もう多種多様な企画が目白押しで。あれ、一日だけじゃ絶対回りきれないでしょ」
そう言ってエスタはズラリと企画が列挙された案内図を眺めて「来年はもっと早い時間から行こうかな」と呟く。その様子から彼もこの学園祭を存分に楽しんだのは言うまでも無い。
「来年も迷路あるといいな」
「来年はクルベスさんがティジ君と一緒に入ってみます?わりと冗談抜きで遭難できますよ」
エスタの提案にクルベスは「いや、俺は遠慮しておく」とかわした。
「あ、そういえばクルベスさん。俺、あの迷路の中でブレナ先生と会ったんですよ」
「喫茶店でも会っただろ。それともそこで何か話したのか?」
つい先刻のことを思い出したエスタ。ティジたちの姿が見えないか周囲に目を配りながら迷路の中での出来事を語る。
「いえ、特に当たり障りのない普通のことしか話してないですけど。なんていうか話した内容じゃなくて話した時の様子?がちょっと引っかかったと言いますか……」
少し歯切れの悪い返答にクルベスは内心『こんな言い方をするなんて珍しいな』と思う。
「俺、喫茶店でも先生と会ったでしょ?その時なーんかちょっと違うなって思っちゃったんですよ」
言うなれば違和感ってやつ、と指を振る。
「あの時は『まぁ久しぶりに会うからそう思っただけか』って感じで納得しようとしたんですけど、やっぱり引っかかってて。でもあの迷路で会った時ようやく思い出したんです」
「思い出したって?」
聞き返したクルベスにエスタは少し言いにくそうに言葉を濁す。
「えーっと……その……俺が学生の時、あの人が苦手だったってこと。当時のあの人ってふとした時にボーッとしている感じで、まぁ新任だから色々大変なのかなーって思って見てたんですけど……その時の雰囲気がなんかちょっと苦手であんまり関わろうとしなかったんです」
居住まいが悪そうにボソボソと呟くエスタにクルベスは「雰囲気とはまた抽象的だな」と見る。
「今日会った時はすっごい優しそうな良い先生って感じでしたけど、迷路の中であの人と会った時、昔見たのと同じ感じがしたんです。声掛けたらすぐ戻っていたけど」
「戻る?」
エスタはオロオロと目を泳がせながら「これはあくまで俺の個人的な感想なんですけど……」と続ける。
「あの時のブレナ先生の目が……ね?見ているとこっちまで呑まれちゃいそうな、真っ暗闇みたいっていうか……すっごい深い穴を覗き込んでいるような感じ。簡単に言えば無表情?笑ったり怒ったり、そういう感情が何にもない底なしの沼みたいな真っ黒な目なの」
エスタの口調こそ軽いがその笑顔はひきつっていた。
「でもおかしな話ですよね。何にも感じられないような目とか雰囲気が苦手で……怖かったって。小さい子じゃあるまいし」
その発言が何故かクルベスの頭に引っかかった。似たようなことをどこかで耳にしたような気がする。
「情けない話、ティジ君が一緒だって言うのに指先がガッチガチに冷えちゃうほど緊張しちゃって。あの場ではとりあえず誤魔化しはしたけど、ちょっとあからさまに警戒してしまいまして……先生に失礼なことしちゃったなぁ……」
気を悪くさせたかも、と自分の態度を反省するエスタ。それを傍目にクルベスは先ほどの既視感がなんだったのか思案するも思い当たるものが浮かばない。
「それにしても弟くんたち遅いですね」
「ん?あ、あぁ。そういえばそうだな。でもかなり本格的な喫茶店だったし、そのぶん片付けも時間かかってるんだろ」
だがエスタの指摘は一理ある。ティジたちとの待ち合わせ場所である正門前に佇んでいるのだが、かなりの人数の生徒が帰路につくのを見送っている。
『このままでは最終下校時刻を過ぎてしまうのではないか』と懸念しているとそこへ偶然シンが通りかかった。
「お、丁度いいところに。あの子たしか弟くんたちと同じ学級の子ですよ。弟くんたちのこと何か知ってるかも」
これを逃す手はない、とエスタは軽快な足取りでシンを呼び止めた。
「俺たちのところはもう片付け終わりましたよ」
ティジたちを待っていることを聞いたシンは「自分もこれから帰るところだ」とカバンを持ち直す。少し困った様子のエスタを見て、何か思い当たる節があったらしく「あぁ、でも」と目を伏せる。
「俺が帰るとき教室にカバンが残ってたな。あ、そういえばブレナ先生が『二人に片付け終わったって伝えないと』って言ってたか」
先ほど話題にあがった名にエスタは内心ドキリとした。
「ブレナ先生ならもしかしたら二人のことを知ってるかも。すんごい量の荷物を抱えてたので数学準備室か職員室にいるんじゃないですかね。案内しましょうか?」
「いや、この案内図があるから大丈夫だよ。ご親切にありがとう。気をつけて帰ってね」
そう言ってエスタは学園祭の案内図を見せる。補足しておくと在学中、先生方に大変お世話になっていたエスタ(補習の常連者)はこの案内図が無くとも辿り着ける自信があった。
◆ ◆ ◆
「どうします?なんか二人で話し込んでいたら」
顔見知りの教師と鉢合わせないか、と周囲を警戒しながら先導するエスタ。その口ぶりだとティジたちが何やらギクシャクしていたことには気づいていたらしい。
「その時はまた待ち合わせ場所まで戻ればいいだろ」
「ですね。たぶんいつものように変にすれ違っただけだと思うけど、うまいこと仲直りできてるといいなぁ」
ティジたちのことを思いながら数学準備室へと足を運ぶ。職員室を後回しにしたのは「ぜっったい俺のこと覚えてる先生がいると思うんでこっちは後にしません?」というエスタからの懇願ゆえだ。
「物音なし。おそらく人はいないかと思います……!」
「普通にノックして入れよ」
耳をそばだてて小声で報告するエスタに呆れた顔を見せるクルベス。彼も学園祭の熱が冷めやらぬ様子。久しぶりの母校とあって舞い上がっているのかもしれない。
「失礼しまーす、ブレナ先生いますかー。うわっ、すごい散らかってる」
その発言通り、誰かが足でも引っ掛けたのか入り口付近の床に教材が散らかっている始末であった。当然、数学準備室には誰もいない。
「よっぽど急いでたのかな……じゃあ仕方ない。職員室に行きますかぁ……」
エスタはよほど知り合いの教師と顔を合わせたくないのか「背に腹は代えられませんし……」とぼやく。
「いや、もしかしたら入れ違いになってるだけかも?いったん正門に戻って……あれ?」
数学準備室から立ち去ろうとした時。エスタの目が見覚えのある物を捉えた。
「これ……弟くんの……」
散乱した教材の影に隠れるように落ちていたソレ――クマのマスコットキーホルダーを手に取る。
全て手作りの一点物なので、これは間違いなくエスタがルイに渡した物だ。何故こんな所に落ちているのだろう。
とりあえずこれは自分が持っておくか、とエスタはマスコットキーホルダーを仕舞った。
それを見て何か考え込むクルベス。すると自身の携帯電話を取り出してどこかに電話を掛けた。
「忙しいところ悪いんだがティジが今どこにいるか調べてもらえないか。あぁ、すぐに。頼む」
端的に要件だけを伝えて通話を切る。
「今のって誰に掛けたんですか」
「……お前の上司」
それを聞いてエスタは「え」と声をあげる。エスタの上司ということは王宮の警備の責任者だ。電話を掛けることなど滅多にないクルベスがわざわざ連絡を取るなど普通ではない。それをエスタが「なぜ?」と聞く前にクルベスは口を開いた。
「ティジの制服には念のため発信機を付けているんだ。もちろん本人も知ってる」
「ティジ君には……弟くんには持たせていないってこと?」
エスタの言及にクルベスは「あぁ」と苦々しい顔で頷く。
「あのジジィどもが許可しなかった。ただの子どもには過ぎた物だ、付ける必要性も無いって」
クルベスが言う『ジジィども』とは国王と共に国の政策を取り決める元老院のことか。(クルベスは彼らを毛嫌いしているし、元老院たちもクルベスのことは良く思っていない)
それにしても元老院の連中も随分な言い様だ。確かにルイには王位継承権こそないが、王室と親戚であるのに。ルイの身に何かあろうとも知ったことではない、ということか。
「居場所を聞いたのって……ティジ君たちに何かあったって考えてるんですか」
「念のためだ。確認して杞憂で終わればそれでいい。もしかしたらお前の言う通り、入れ違いになってるだけかもしれないし」
しかしそう呟くクルベスの表情は依然として硬いままだ。それに『まだかまだか』としきりに携帯電話を確認している。
するとようやく待ちわびていた連絡が来た。届いたメッセージに目を通したクルベスは眉をひそめる。
「エスタ。今なに持ってる」
「え、っと……警棒と捕縛用の手錠。催涙スプレーも持ってはいますけど霧状の飛距離もそんなに出ない気休め程度の物です。言っちゃ何ですけどかなりの軽装備ですね」
クルベスの次の行動を察したエスタはいま持ち合わせている護身用具を報告する。これに加えて有事の際に提示する身分証代わりの衛兵の腕章なども所持している。
「ティジはここからかなり離れた場所にいるらしい。おそらくルイも一緒だ。……悪いけど一緒に来てくれないか」
「もちろん。何で向かいます?」
二つ返事で頷いたエスタにクルベスは「俺の車があるからそれで行く」と答えた。
「ブレナ先生も何か関係があるんですかね」
助手席に乗り込んだエスタは、クルベスの少し荒い運転に揺られながら問う。
「それをわざわざ言うってことはお前もそう思ってるんだろ」
エスタはクルベスの指摘を否定はせずに自身の装備を再確認する。『お前も』と言うあたりクルベスも同じように考えているのだろう。
「だってあんなの見たら誰だって疑いますよ。無関係ではないんじゃないか……って」
あの場に置き去りにされていたマスコットキーホルダーを握る。これを渡した時のとても嬉しそうに頬を緩めたルイの顔を思い出しながら。あんなに喜んでくれていた物を床に落としたままにするような子とは思えない。
少し言葉を濁したが要は『ブレナ教師がルイに何か危害を及ぼしたのではないか』ということであった。
「お前がさっき話してくれたこと。それで俺も思い出したんだ。昔ルイも似たようなことを言ってたなって」
「似たようなこと……?」
ハンドルを握るクルベスの手に力がこもる。
「何にも無かった。笑ったり、怒ったり、そういう顔もない……真っ黒な目で見てきたって。八年前、事件の聴取をした時にそう話していた」
幼いルイが懸命に話してくれたこと。あれからしばらくの間、クルベス以外の大人に怯えるようになっていた。
「それってつまり……八年前のやつもブレナ先生がやった可能性がある……と?」
レイジが病室でティジに事件のことを話した際、襲撃犯の詳細は知らない様子だったらしい。
かくいうエスタもブレナ教師とは高等部で顔を合わせている。八年前はまだ中等部に在籍していたレイジが彼のことを知らなくても何ら不思議ではない。
「それは会って直接聞く。今はあの子たちの保護が最優先だ」
クルベスはそれだけ言うと、ティジの発信機が指し示した場所――学園から遠く離れた、随分昔に廃業したはずの個人病院へと向かった。
学園祭はめいっぱい楽しんだエスタさん。「でもこれもティジ君たちの身辺警護!立派な仕事ですからね!」と力説しています。「わたあめって意外と量ありますね」と言う姿に果たして説得力はあるのか。
「芋もちって初めて食べたけどめちゃくちゃ美味いな……甘い物を食べた後のしょっぱい物って何でこんなに美味しいんだろう」と呟きながらクルベスさんにも分けたり。お化け屋敷も興味あったけど、ホラーが苦手なルイのことを考えて今回はやめておいたのだとか。
あくまで身辺警護、ティジ君たちが通う学校の実態調査だそうです。