23.衛兵はかく語りき-4

 まぁ案の定、数日経って城内警備の責任者に呼び出しを食らった。
 いや、俺が何かしでかしたわけではなく警備にあたって留意しておくことなどの事前説明のためであって、本当に俺は悪くない。でも「何かおかしいと思ったらすぐに言え」とまるで俺が何かやらかしたかのように口酸っぱく言われた。警備だから少しの違和感にも気を払えということだろうが……社会の理不尽な面を垣間見た気がする。

 とりあえず気持ちを切り替えていこう。「クルベスに呼び出されているんで行ってきまーす」と言ったら「『さん』を付けろ新人」と睨まれたので生返事で謝りながら逃げ……先を急いだ。たぶんあの様子だと『新人』から『問題児』に昇格するのも時間の問題だ。どっちかって言うと降格か。

「確かー、ここ突っ切ってくとよかったような気がするなー」
 鼻歌まじりにひとりごちながら、うろ覚えの記憶を頼りにクルベス……さんの私室へと向かう。あれ、呼び出されたのって私室だったっけ?なんか日中は医務室にいるからって言われたような……まずい。俺、医務室の場所なんて分からないぞ。
 先ほど渡された地図を引っ張り出すが、自分の今いる場所が合っているのか自信が持てない。こんな情けないところ弟くんにはとても見せられないぞ。どうしよう、クルベスさんに電話かけちゃおうかな……でも『これ非常時の連絡先だから』とか言ってたっけ。うわぁ、絶体絶命のピンチ再び。

「わ……!」
 どうすればこの窮地を切り抜けられるか、と考えることに夢中で脇の通路から飛び出して来た人物とぶつかるところだった。なんとか避けたので事なきを得たが、城内警備の責任者(さっきまでお説教……じゃない、事前説明をしてくれた人)に見られたら問答無用でお叱りを受けるだろう。あー、もう。気が抜けてんぞ俺……!
「ごめんね、怪我とかない?」
 相手も転けてはないからたぶん怪我はしてないと思うけどとりあえず声をかけておく。何にせよ俺の不注意で危うくぶつかるところだったので全面的に俺に非がある。
「いえ、大丈夫です。こっちもぼーっとしてたので……」
 その人物は紅い瞳で俺を見上げる。白い髪の子ども……弟くんと年が近そうな子の姿を見て、先ほど受けた事前説明の内容を思い出す。もしかしてこの子、現国王の子どもじゃないか?

「あ、おいエスタ。お前こんなところにいたのか。何やってんだ、ここ全然違う場所……」
 そこへクルベスさんがやって来てくれた。本気でどうしようかと思っていたので内心泣きそうだった。呆れてるのかクルベスさんも固まってるし、てか今さりげなく呼び捨てされたな。俺の扱い、どんどん雑になってない?
「……ティジ、お前こんなとこに何しに来てんだ」
「あ、クーさん。えっと、確か以前この辺りによく来てた気がするなぁって思って散策してたんだ」
 その子は親しげにクルベスさんに笑いかける。『クルベス』の頭文字だけ取ってクーさんって呼んでるのか。
「多分気のせいだろ。ここらへんは近くに武器庫があるだけだ」
「あれ、そうだったっけ」
 そうだっけ、とは俺も思ったけど口にはしなかった。俺も早く内部の地図を覚えないと。覚えること山ほどあるなぁ……。
「危ないから戻るぞ。ほら、部屋まで送るから早くついてこい」
 ついてこい、と言いながらもクルベスさんはその子の手をしっかりと握る。まるで迷子を迷子センターに連れていく光景に見えて少し微笑ましかった。

 

 その白い髪の子を部屋まで送り(あの辺は危ないし他の人の迷惑にもなるから無闇に近づくんじゃないぞ、としっかり言い聞かせてた)俺たちは医務室……を通りすぎて何故かクルベスさんの私室へと連れていかれる。なんだ、こっちで良かったのか。
 部屋に入ると、クルベスさんはどっかりとソファに座りこむ。額に手を当てて深いため息をつく様子を見るに『日頃からあの子に困らされてんだろうなぁ』と思った。

 まぁとりあえず疲れてそうなクルベスさんには休んでもらうとして、俺はここの地図でも見ておくとしよう。とりあえず今の場所は……ここか。医務室の近くにクルベスさんの私室があるのは何かあったときにすぐ駆けつけられるようにってことだろうか。……ちゃんと休み取れてんのかな。
 そうだ、弟くんの部屋とか書いてあるかな。お、あったあった。しかもさっき会った子の部屋も近い。同い年だから仲良くしてたりすんのかな。小さい頃の弟くんだったら元気いっぱいに遊んだりとかするんだろうけど、この間見た様子だとそんな感じじゃなかったからなぁ……レイジからツンツン要素を無くしたみたいな印象だ。すました猫みたいな感じ。
 そういえばさっきクルベスさんが言ってた『武器庫』ってどこだ?と思い、目を凝らして探すけど全く見当たらない。じゃあ来た道から探ってみるか、と迷路のような地図を目で辿ってみるとようやく似たような場所を見つけた……でも、おかしい。

「すみません、この地図って最新の物ですか?」
 もしかすると俺だけ間違った物が渡されたという可能性も捨てきれない。てか一度起こってるので全然あり得る。そう考えて(まだ疲れた様子の)クルベスさんに地図を見せたものの予想は外れる。
「あぁ、最近発行した分だよ」
 ほらココ、と地図の右下を差す。確かにそこにはつい一週間ほど前、4月1日に発行された物だと書かれていた。公共の施設じゃないのに地図に発行日書くってすごいな。いや、王宮って公共の施設に入るのかな。少なくとも個人が所有する物ではないし。いや、今はそんなことどうでもいい。この地図やっぱりおかしい。
「ここらへん武器庫とか無いんですけど……」
「ん、どこだ」
 先ほどの場所周辺を指でグルグルと囲う。そのあたりには武器庫なんて物騒な物はない。『原則立ち入り禁止』と書かれている空間はあるが、それのことだろうか。
「あ、これか……そうか。お前さっきの聞いてたもんな」
 その場所を見るとクルベスさんは何かを思うように目を伏せて語りだす。

「これはこの間話した一年前の事件があった庭園だよ。今はごく少数の人間しか立ち入れないようにしてる」
 聞くところによるとこの城には庭園が二つあるのだという。中庭の庭園は見るからに庭園って感じのメジャーな花が咲いている場所だ。自分で言ってて疑問に思う。なんだ『見るからに庭園』って。
 そしてもう一つの、城の奥まったほうにある庭園はというと他国から贈られた花が植えられているようで、結構貴重な花もわんさかあるらしい。まぁ立ち入り禁止になっているのはそれが理由ではないが。
「あの子……ティジの記憶を書き換えた際にあの庭園に関することも一緒に書き換えたんだ。そのほうが偶発的に思い出す危険性は低いと考えたからな。あの子にはあの場所は武器庫って説明している。お前もその体でいってくれ」

 だからこの部屋に入ったとき、非常に疲れた様子だったのか。ティジって子が危うくその庭園を見つけてしまうところだったから。そういえばあの時のクルベスさん、あの子の姿を見たとき固まってた気がする。
 やはり記憶を書き換えてハイ終わり、とはいかないのか。そうだよな。書き換えたのはその子の記憶だけ。まわりの物は何も変化していないのだからこのように周囲の者が気を配る必要があるのか。しかもほんの少し判断を誤ればまた振り出しに戻る。
 あの子にとっては何でもない日でも、それはとんでもなく危ういバランスの上でかろうじて成り立っている日常なんだ。……魔術も万能ではないんだな。

「あとそうだ。これも伝えてなかったな」
 そう言ってクルベスさんはメモ帳から紙を一枚取り、そこにサラサラと二つの禁止事項を書いた。クルベスさんが手にしている見覚えのあるペンに触れようとするも「ん」とメモを読むよう促されてしまった。
「……どういうことです?」
「そのまんまの意味。よし、読んだな」
 オレが読んだことを確認するとメモを細かく破り、さらにどこからともなく取り出したライターで燃やした。念には念をっていうより、やりすぎじゃないか?
「いやちゃんと説明してくださいって。なんですか二つ目もそうだけど最初の、」
「それ以上言うなよ。なんのためにわざわざ紙に書いたと思ってんだ?」
 俺の発した言葉に凍てついた声を被せる。そうか、口頭での説明を避けたのは万が一にでも聞かれないためか。だとするとメモ帳からわざわざ一枚取ってから書いたのも下の紙に筆圧を残さないためってこと?
 何か前にどっかで見た気がする。確か鉛筆で表面を軽く擦るように塗ってくと上の紙から転写された筆跡がうっすら出てくるとか。ひぇっ、怖い!そこまで警戒してることが恐ろしい……!

「これ……もしも、もしもですよ?うっかりやらかしちゃったー、とかなったら……」
「良くて左遷」
 その言葉の先はなく、ただ無言の笑みを見せる。笑顔で圧力ってかけられるんだなぁ。
『良くて左遷』って……悪くてどうなっちゃうの?え、俺生きて帰れる?多分これらがダメな理由を聞いても絶対答えてくれないんだろうな。
「えっと……このことは誰が……」
 俺の質問に答えるように『ちゃんと知ってる人物』の名前を書き連ねていく。うわぁ……絶対なんかあったじゃん……。

「てかここまで教えてくれるならもう話してくれても……」
「知ったらお前、普通に接してあげられないだろ。たぶん変な気をまわす」
 すごいな。そのためにこんな回りくどいことするのか。
「……じゃあそもそもの話、こんな禁止事項とか教えなくてもいいじゃないですか。逆に気まずいですって」
 クルベスさんなりに考えがあるんだろうけど。俺はそんなに器用じゃないので、多分話しかける度に『何かあったんだろうなー』って考えがちらつくと思う。
「お前は放っておいたらたぶん言ってしまうから。素直なのはいいことだけどこれに関しては見過ごせない」
 案の定クルベスさんは自身の考えを述べる。
 ていうか、あの禁止事項なんて一見何でもないものでしかないのに。一つ目のやつとかしょっちゅう見聞きするぞ。

 自分だったらどんな時にそれをするかなんて考え……やがて一つの憶測が浮上する。
 どんな状況で、なぜそんなことが禁止事項になるのか。そして『ちゃんと知ってる人物』に挙がってたメンバーを鑑みれば。憶測でしかないが綺麗に辻褄が合う。
 少し気は引けたもののクルベスさんが手にしている何年も大切にされているであろうペンを借りる。自分でも少し突拍子ないと思える憶測を書くとクルベスさんは眉をひそめた。

「……教えすぎたか。ダメだな、やっぱりあの人がいないと上手くいかない」
 てかお前こういう時に限って頭が回るんだな、と観念した様子で息を吐く。まぁ俺が確信を持った目で見つめたのでこれ以上は取り繕っても無駄だと判断したのだろう。余計な一言が聞こえた気がしたが聞き流しておく。
 やがてメモを何枚か取り、事の次第を簡潔に書いた。その間もクルベスさんは何度も、つらそうに息を詰まらせていた。

「質問は受け付けない。ここに書いてあることにだいたいまとまってる」
 その言葉と共に渡されたメモには、やはり予想した通り……いや、もっとひどいことが書かれていた。こんなことあったら誰だっておかしくなる。あぁ、だからこの人たちは――

「……俺、あの二つのこと絶対しません。あと態度も極力変えないようにします」
 本当に危うい状態で成り立ってるんだ。俺が壊しちゃいけない。

「……悪いな」
 当時のことを知っているクルベスさんのほうがつらいだろうに。
 この人は強い人で、でもそれがとても心配になる。クルベスさんには誰が寄り添ってあげられるのだろう。

 


大人は隠し事が多い。でも隠すのも神経を使います。