22.衛兵はかく語りき-3

「じゃあ来週からこっち勤務でよろしくな」
 クルベスは心なしかホッとした様子で笑う。そういえば異動の手続きとか大丈夫なのだろうか。ましてや王室と距離がめちゃくちゃ近い城内警備って……まぁ向こうから頼んできたんだし、そこらへんは俺が心配しなくてもいっか。
「おっと、もうこんな時間か。警備の人間には話通しておくから今日は帰っていいぞ」
 クルベスの発した言葉に「そっか。俺、正式な理由もなくここに来ちゃってることになるのか」と気づかされる。つまり詰所前で『これからどうしよう』と思いあぐねていた時、無理に出ようとしなくて正解だったということになる。いや、まぁそれ以前の問題があるのだけど。それを解決しないと家には帰れない。

「……すみません。どこから出られるか教えていただけると嬉しいのですが……」
 自分で言ってて恥ずかしいが死活問題なのでこの際なりふり構っていられない。俺の頼みにクルベスは「お前相変わらずだな」と少し呆れたご様子を見せた。それは言わなくても良くない?せめて心の中にとどめておいてほしかった。
「それなら……ルイ、通用口まで案内してやってくれないか。そうだ、久しぶりに会えたんだしいろいろ話とかしたらどうだ?」
「あ……うん。分かった。じゃあ、えっと……行きますか……?」
 いそいそと立ち上がり、遠慮がちに問われる。むしろ遠慮しなきゃいけないのは俺のほうなんだけどな。
「うん、道案内よろしくお願いします。じゃあクルベスさん、また来週」
 ちょっとおどけながら言ったものの、本当に自分が情けなくなる。大人になって自分より年下の子に道案内してもらうって……。

「まぁ勤務開始前に諸々の注意事項の説明で呼び出しがあると思うから多分二、三日もしたらまた来ることになるけどな」
 頑張れよ、とクルベスはあっけらかんとした調子で告げるが『たぶん尋常じゃない量の注意事項があるんだろうな』とは想像にかたくない。それを考えると少し頭が痛くなってくるが俺ももう大人だ。仕方ないことだと割りきる器の広さをもっていこう。うん、数日後の俺がきっと何とかしてくれると思いたい。
 元を辿れば俺が衛兵を志したのは、あの日弟くんたちを守れなかったからだ。またこうして再会できて、彼を守れるなんて願ってもないこと。ちょっとやそっとのしんどいことなんて、今日までの後悔と罪悪感に苛まれ続けた日々に比べたらどうってことない。

 

「弟くんはいま何歳だっけ」
 やや先導して歩く弟くんに聞いてみる。『今度来た時に備えてちゃんと道も覚えないと』と内心必死なのは俺のメンツのためにも絶対気づかれたくない。行きの時は弟くんに再会できた驚きと喜びで気づかなかったけど結構歩くな。ちょっと覚えられる自信がなくなってきた。
「いまは12……今年で13になります」
 ぎこちないお返事。うーん、すっごい距離感。いや、物理的な距離じゃなくて精神的なやつ。無理もないか。ついさっき思い出したようなものだし、加えて過去の弟くんと俺との交流にはレイジの存在が切っても切り離せない。そりゃあ気まずくもなるわ。俺自身どんな話題振ったらいいのか分からない。

「そっか、俺は今年で20歳だから弟くんとは7歳離れってことか。それにしても大きくなったね」
 身長もぐんと伸びた。8歳と13歳じゃ全然変わるのも当たり前か。相変わらず綺麗な顔立ちしてるけど。
「……まぁ、あれから五年も……経ちますから」
 あ、やらかした。弟くんに事件のこと意識させるつもりなかったのに。漂う空気がすさまじく重い。もし空気に質量があったら俺はとっくに押し潰されてる。

「弟くん、学校とかはどんな感じかな?お友達とか……」
「学校は……その、去年までは行ってましたけど……いまは身の安全とか考えて……ここに教師を呼んでるって感じ……です」
 特に表情を変えることなく、でもすごく言いにくそうに答える。まずい、流れを変えようと思ったのにますます悪い方向へと舵をきっている。
 そうだよね!警備が厳重なはずのここで襲撃があったんだから、外出なんてもってのほかだよな!もうちょっと考えてから発言しろよ俺!
「……気、遣わなくてもいいですよ」
『どうしよう、当たり障りのない話題って何がある?』と要領の悪い頭を働かせていると、弟くんに逆に気を遣わせてしまった。こんなとこレイジに見られたらボコボコにされる。でも、そのレイジも今はどこにいるか分からないし……。
 そこでまた一つ自身の浅はかさに気づいた。

「弟くん、もし俺に『弟くん』って呼ばれるの嫌だったらすぐ言ってね」
「え……?」
 極力、弟くんを混乱させないように努めて柔らかい口調で告げた言葉に、弟くんは「なぜ?」と言いたげな目で俺を見る。ようやく俺のほうをちゃんと見てくれたのにこんなこと言わなきゃいけないのはちょっとキツイな。
「俺が『弟くん』って呼ぶたびにあいつの……レイジのことを意識させてるようなものだと思って。それならシンプルに『ルイ君』って呼んだほうが――」
「そんなことないっ!!」
 突然大きな声をあげる弟くんに面食らう。弟くんはそれに構うことなく続ける。
 
「ここで、兄さんのことちゃんと知ってるのはクルベスと、俺だけだ!みんな、みんな知らない……!クルベスも気を遣ってお父さんやお母さんの話をしないから、だから、本当にいなくなったんだって思い知らされて……でもあなたが俺を『弟くん』って呼んでくれて、それは俺は紛れもなく兄さんの弟なんだって……あの日々は確かにあったんだって思えるんだ!何があっても、あの日常は嘘じゃなかったって……っ」
 弟くんはそう叫びながらボロボロと涙をこぼす。その気迫に圧されてしまい気づくのが遅れたが、ここは廊下だ。ここでこの話を続けるのはよくない。
「と、りあえず……落ち着こっか。ほら、ひと集めちゃうし」
「すみませ……泣く、つもりないのに……」
 うんうん、と頷きながら俺より小さな背中を擦る。まだこんな小さな子どもが抱えきれるわけない。……きっと、ずーっと我慢してたんだろうな。

 

「……落ち着いたんでもう大丈夫です」
 弟くんはぐしぐしと目元を乱暴に拭いながら言うのを慌てて止める。ハンカチでも持っとけばよかった。
「そんな拭き方したら腫れちゃうよ。せっかく綺麗な顔してるんだからもっと大事にしてあげて」
「……綺麗?」
 え、何でどこぞのブラコン兄貴みたいに不思議そうな顔すんの?
「そうだよ、綺麗な顔してる。レイジに似て、すごく綺麗」
 出会った当時は『お人形さんみたいなお顔』という印象を受けたが、成長してもやっぱり綺麗だ。レイジもこんなふうに成長したのかな。
「兄さんは格好よくて……クルベスもそうだけど……?」
 自分はそうじゃないって言いたげな様子。あとクルベスのこともちゃんと慕ってることにひそかに安心した。そこはレイジと違うんだな。まぁあいつは素直じゃないだけか。

 というかこれはもしかして……もしかすると弟くんもレイジと同様、自分の容姿に自覚なしパターン?『うっわ、何でそんなところまで似ちゃうのかな』という言葉は寸でのところで押し留めた。
 弟くんの容姿については……まぁレイジに似て端正な、とても整っていらっしゃるお顔だよ。しいて言うならレイジは少し近寄りがたいような冷たい氷像みたいな印象を受けるが(実際に関わったら結構面白いやつ)弟くんはそれより若干幼さがあるような……うん、そういう層に受けそうな美少年って感じ。なんだ、そういう層って。
 何て言うか……外に出すのが心配になるし一人にしたら絶対やばい。さっき躊躇いもなくレイジやクルベスの容姿に触れてたことから変に尖ったりしてない素直な子なんだろうな。これは速攻で連れ去られかねない。レイジがあそこまで過保護になる気持ちがようやく分かったし、加えてクルベスの心労が窺えてしまう。

「弟くん、魔法って使える?」
 一応の確認。魔法が使えるかどうかって遺伝するのかな。俺の問いに弟くんはすぐに「いえ、何も……」と答える。「兄さんは使えたのに」と言うその憂いを帯びた表情ですら綺麗だ。ますます不安が募ってしまう。
「身を守る術とかは?」
「クルベスから護身術ぐらいは教えてもらってます。……でも体格差があると厳しい」
 歯がゆそうに呟く。レイジの時と同様にちゃんとそういうのは教えてやってんだな、と頭の片隅で思った。
「俺ぐらいのやつはどうにかできる?」
 無言で首を横に振る。俺がダメならたぶん大人の男性はほとんどダメだ。コレ、襲われたらひとたまりもないのでは……?
「弟くん、もし今後外に出ることがあったら絶対に、一人になっちゃダメだからね」
 肩をがっちり掴んで言い聞かせると弟くんは戸惑った様子で頷いた。何なら俺がこの子の身辺警護とかできたらいいのに。今度クルベスに聞いてみよう。これ職権乱用にあたらないかな。

 そんな楽しい談笑の時間も終わりを迎える。目的の通用口とやらに着いてしまった。
「それじゃあ弟くん、気をつけて戻るんだよ」
 後ろ髪を引かれる思いはあるものの弟くんに笑顔を向ける。
「気をつけるも何も……」
「まぁあの伯父さんがいるなら安心か。じゃあまた今度」
 またね、と手を振ると弟くんは小さく手を振り返してくれた。

 五年前、最後に別れたあの日と背丈は変わって笑顔を見せることも無かったけど、それでも手を振り返すその姿に、何だか胸がジンと熱くなった。

 


そろそろ時系列がごちゃごちゃしてきたような気がします。されども衛兵くんはまだまだ語る!