25.衛兵はかく語りき-6

「主要な場所はだいたい回れましたかね」
 そう呟きながら確認するように弟くんは俺の持つ地図を見る。見やすいように弟くんのほうに地図を寄せたら「あ……ありがとうございます」と小さく礼を言われた。
 どこかぎこちない様子に『まだ距離感あるなぁ』とひそかに思うも、無理にこっちからグイグイいっても困るだろうからどうにもできない。とりあえずそのダークブラウンの髪を撫でるとめちゃくちゃ驚かれた。まぁ俺も突然頭撫でられたらびっくりするから弟くんが驚くのも無理はない。

「そうだ、詰所のほうとか見てみる?俺がいるから結構奥のほうとか入っても文句言われないんじゃないかな」
 案内されるだけなのは申し訳ないので二人に打診する。今日配属されたばかりの新人が王子様とそのご親戚を勝手に連れ歩いてしまっていいのか分からないけど……今さらか。
 でも何か緊急の要件で俺を呼びに来た際に少しでも内部構造を分かっていたほうがいいし。そうなると休憩室や仮眠室の場所、あと外部への連絡手段を教えたほうがいいな。万が一、上官に見つかっても『あらゆる事態を想定しておいたほうがいいから』って話したら許してくれるだろう。……許してくれるといいな。

 

 幸いにも上官に出くわすこともないまま詰所の(大雑把な)説明が終わり、ついでに昼前の食堂を案内する。
「ここが食堂だって。なんか休憩しにここに来る人もいるみたい」
「結構賑やかですね」
 弟くんの言う通り、結構賑やか……っていうかざわついている。多分ここが食堂だからって理由だけじゃなく俺と一緒にいる二人の存在もあるのかなぁ……緊張するのが当たり前か。むしろ俺みたいに普通に接してるほうが変わってるんだろうな。
 あとどうやら二人とも詰所にはあまり入ったことがないみたいだ。俺が手違いでここに来てしまった日は弟くんが詰所から出てきてたけど、あれは落とし物を拾ったからとりあえず届けにいっただけらしい。それがなければ俺はここにいなかったのだと考えるとその落とし物も天からの恵みのように思えた。

「あ、そうだ。こっちにも小さいけど図書室があるんだよ。そっち行ってみようか」
 なんかティジ君がしんどそうにしていることに気づいて場所の移動を提案する。弟くんはそれに気づいてないみたいだけど……というよりティジ君も隠すのが相当上手い。何かを堪えるように唇を引き結んだのも偶然見てしまっただけみたいだ。今は人好きのする雰囲気に戻ってる。
 ティジ君はかなり目立つ容姿だからそういう視線とかきついんだろうな……そこまで考えてあげられてなかった。悪いことをしてしまったな。

 

 図書室っていっても小さな部屋に本が置いてあるだけ。一応窓はあるけどカーテンが閉められていて外は見えない。この建物は結構高いからなかなか良い眺めしてると思うけど……本が日焼けしたらいけないからそのままにしておこう。あとは申し訳程度に椅子が二つ置いてあるぐらいか。
 正直言うと王宮にある書庫のほうがずっと充実してる。それでも先ほどのしんどそうな様子から打って変わって興味深そうに蔵書を見ているティジ君に『気分転換にはなってくれたみたいだ』とホッと息をついた。
「見た感じ、体術の本とかこの国の歴史についての本が多いね。こういうのって要望があって入れられているのかな」
 特にこちらに聞いたわけでもなくただの独り言のように口を開く。言われてみればジャンルに偏りが見られるな。わぁ、『銃火器の発展と戦争の歴史』なんて物騒な本もある。あ、ティジ君がちょっと目を通して……すぐ戻した。興味がないのかと思ったら前に読んだことのある本だったらしい。結構色んな本読むんだね……。

「もうすぐ昼になりますね。……ティジ、まだちょっと早いけどそろそろ戻ろうか」
 弟くんが本棚に釘付けになってるティジ君を呼ぶも「あと少しだけ」と食い下がる。
「また今度一緒に行こう。ほら、遅れたら作ってくれた人たちに悪いだろ」
 それが効いたのか名残惜しそうにしつつもそこから離れる。どうやら弟くんとティジ君は一緒に食事をとっているらしい。クルベスさんも時間があれば同席しているとか。
「じゃあ送っていくよ。今日はありがとね」
 お友達っぽいやり取りに頬が緩みながら申し出る。今日案内された成果を見せる折角のチャンスだと意気込んでいるのは内緒だ。
 午後からは少し鍛練とかしていようかな。クルベスさんも弟くんやレイジに護身術を教えてたみたいだけどどんなこと教えていたのか気になる。今度聞いてみよっと。

 

 王宮と詰所を繋ぐ通路、その脇にも少し花が咲いてる場所がある。なんか綺麗な噴水もあったから最後にそこも案内しよう、と思ってそちらのほうに二人を招く。
 この城っていろんなところに花咲いてんだよな。無造作に生えてるわけじゃなくてちゃんと管理されたやつ。ここでもティジ君は楽しそうにしてる。庭園を案内された時にもティジ君はすごい明るい様子で『一番お気に入りの場所なんだ』って言ってたことも鑑みると花も好きだと窺えた。

「ティジ、花の世話はダメだからな」
「うっ……やっぱりダメかぁ……」
 やったらクルベスに報告するから、と言われティジ君は残念そうに手を下ろす。その先には散水用のホースがあった。
「え、枯らしちゃったりするの?」
 確か世の中には花の世話が致命的に出来なくてサボテンですら枯らす人もいるって聞いた。もしかしてティジ君もその部類かな。
「……いえ、そうじゃなくて……枯らすわけじゃない」
「ちょっと俺の体質の問題で……あんまりしちゃいけないって言われてるんだ」
 言い淀んでいた弟くんに補足するようにティジ君が困り顔で笑う。事前説明ではティジ君の外での呼び名とかは聞いてるけど体質については何もなかったぞ……?まぁ本人が話したくないならこっちが根掘り葉掘り聞くものでもないか。

「じゃあ俺もティジ君がお花のお世話をしようとしたら止めとけばいいってことかな」
「それでお願いします」
 確認をとると弟くんはしっかと頷いた。本人の前でこんなこと言うのもどうかと思ったけど医者であるクルベスさんから止められているなら仕方がない。文字通りドクターストップってやつだ。
 おっと、よく見たらホースから水出てるじゃん。さては前に使った奴、ちゃんと締めてなかったな?

「そういえばさっき会った庭師の人凄かったな。重そうな肥料を軽々と持ちあ、げっ!?」
 水を止めようとしたのだがどうやら逆のことをしてしまったらしい。すごい勢いで水が噴き出し、ホースが蛇のように地面をのたうち回る。
「え、これどっちにやれば……こっち、じゃない!わわっ、ごめんん……!」
 そのまま逆方向に捻ればいいだけなのに動揺してさらに被害を拡大してしまう。ようやく止まった時にはホースの側にいたティジ君はもちろんのこと、弟くんと俺も濡れねずみになってしまった。
「ごめん……わざとじゃないんだ……」
 4月とは言え普通に寒い。話しながら蛇口は回すものじゃないね。
「分かってます。ちょっと濡れただけなんで……っくしゅ!」
 ずぶ濡れの気遣いが余計に心苦しい。くしゃみも出てるしこのままじゃ風邪を引いてしまう。
「あ、そうだ。さっきの大浴場って事前申請とかいらないんだっけ」
「城の者なら自由に利用できますけど……え?」
 弟くんがもしや、といった様子で俺を見つめた。

 

「さすがに広いなぁー、声もすっごい響く」
 以前家族と旅行に行ったときに屋外の入浴施設に入ったな。他人と入るのはそれ以来だ。昼過ぎにわざわざ入りに行く奴もいないのか俺たち以外に人はいなかった。
 いやまさか、本当に一緒に入ってくれるとは思わなかった。ちょっと冗談で誘ったんだけど……これ誰かに怒られたりしない?決して無理強いはしてないんだ信じてほしい。
「ここに来るのは久しぶりだね。前にルイとクーさんで入った時以来だ」
 ティジ君はぽやぽやと懐かしそうに弟くんに顔を向ける。少し気になって話を聞いてみると、どうやら弟くんがここに来てから少し経った頃に一緒に入ったらしい。その時は一応他の人が立ち入らないように申請をしたようだ。それにしても二人とも肌白くない?ちゃんと日光浴びてる?

「……弟くん、どしたの?」
 なんかまじまじと見られてる。俺も二人のこと見てたから人のこと言えないけど。
「いや……その、結構鍛えてるんだなぁって」
「え、そう?力こぶとか見る?」
 前にレイジから『お前すぐ調子にのるよな』って言われたのもあながち間違いではないのかもしれない。でも試しに力こぶを見せてみると「おぉ……」とか言ってくれるんだもん。
 弟くんも13歳だもんね。そういうのに興味持ち始めるお年頃なのかな。だけど弟くんって綺麗な見た目してるからそういう筋骨隆々になった姿とか想像できない。でも変質者対策にある程度鍛えておいたほうがいいだろうなぁ……。

「弟くんは確かクルベスさんに護身術とか教わってたんだっけ。ティジ君は筋トレとかしてんの?」
「えっと、特に何も……あ、でも何かあった時には魔術で対抗できるから大丈夫」
 だいぶリラックスした様子で答えてくれる。ぽかぽかと火照った頬を触りたくなってくる。
「へぇ、ティジ君も魔術使えるんだ。確か……えっと、どんなの使えるの?」
 あっぶな!『確かレイジも使えたよなー』って言いそうになった!風呂の温かさに口まで緩めるな俺!

 ティジ君の記憶の書き換えに関して事件の話題はご法度だけど、レイジのことは口に出しても問題はないことになってる。事件の際、自分の母親を殺害した人が『レイジ・ステイ・カリア』だとは知らないままだったからだ。彼がレイジだと分かったのは弟くんとクルベスさんの証言。あと現場に残された指紋によって特定できた。
 俺がレイジのことに触れないのは弟くんのことを考えて、だ。うん、落ち着け落ち着け。平常心を保て自分。

「俺はいろいろ使えて……特にこれだけっていう制限はないかな。あ、でもクーさんの治癒とか……父さんが使える、記憶に干渉する魔術とかはできないか」
 いろんな魔術が使えるんだね、と表向きは驚いたように振る舞う。ぶっちゃけ心臓が飛び出るかと思った。
 ティジ君はジャルアさんが記憶に干渉する魔術を使えるって知ってるのか、ややこしい……!本人は何の気なしに言ってんだろうけどこっちは心臓バクバクいってんだぞ……!?

「でも初めて聞いたな。いろんな魔術使える人っているんだ」
「他に例は無いらしいけど……花のお世話ができないのもこれが関わってて。花のお世話をしたら自分の魔力をちょっと分けちゃうみたい」
 いやいや、本当に聞いたことないぞ。なんだその特異体質。てか結構話してくれるな。裸の付き合いの効果ってここまであるもんなの?昔の国王はここまで見越してたんだとしたら素直に尊敬する。さっきは『変な人』と思ったけどもしかしたら結構すごい人だったのかもしれない。
「それで倒れちゃうことがあるからクーさんに『花の世話はするな』って言われてる感じ。まぁ倒れちゃっても少し休めば元気になるから心配しなくても大丈夫かな」
 口調こそ明るいが先ほど庭園を案内された時の様子を思うと花の世話も好きなんだということは火を見るより明らかだ。……自分の好きなことを制限されるのはしんどいだろうに。

「ところで『魔力を分けちゃう』ってめちゃくちゃ危ない……よな。なんか倒れた時に飲む薬とかあったら俺も一応持っといたほうが……」
 こんなこと入浴中に話す内容じゃないのでは?とか思えてきたけど、大事なことなので覚えてるうちに聞いておく。あとでクルベスさんにも確認しておかないと。
「薬も無いから……その俺、人よりも魔力が多くて……そういう時に使える薬もない、かな」
 あ、この子相当無理してる。レイジの微々たる表情の変化を読み取ってきた俺にはわかる。ティジ君、笑顔は見せてるけどその実あんまり触れたくない話題なのだろう。これ以上踏み込まないほうがいいな。
「えっと……じゃあ倒れた時はクルベスさんを呼ぶ方向でいい?」
 その時は緊急時用の連絡先を使うか。この一連の会話、今にして思えばティジ君の心に土足であがり込んでしまった気がする。後の祭りだが、申し訳なさでいっぱいだ。
 それを隠すように弟くんを見ると少し眠そうにしていた。確か入浴中に眠くなるのは良くないって聞いたことがある。
「結構長いこと入っちゃったし、そろそろあがろうか。二人とものぼせてない?もしフラフラするようだったら手ぇ貸すよ。俺、結構鍛えてるから遠慮せず言ってね」

 ちなみに着替えは持って来ていた。研修があるため、数日は詰所に滞在する予定だったからだ。『弟くんもスマートな体つきしてんなー』と思いながら見ていたら、ある一点に目が留まる。そのことに弟くんが気づいてしまった。

「あ……これ、気になります……よね」
「いや、ごめん。そんな見るつもりなくて……たまたま目に入っちゃっただけだから」
 上手い誤魔化しも思い付かない自分が腹立たしい。
 程よく締まった右腕に走る、一本の筋。多分あれは五年前の事件で負った怪我の痕だ。白い腕にその傷痕は嫌に目立つ。弟くんは何でもないように振る舞うけれど、その瞳は暗く影を落としていた。

 


出会った当初レイジに不審者扱いされてしまってもなんやかんやでお友達になれたエスタ君。年下の子との関わり方に頭を悩ませてます。