26.衛兵はかく語りき-7

 その後、昼食を摂りにいった二人と別れて俺も詰所の食堂にて食事にありついた。そこでうっかり……いや、ばったり上官と鉢合わせてしまい、少々お小言を頂いた。どうやらティジ君たちをここに連れてきたことが耳に入ったらしい。……やっぱり怒られるよなぁ。うん、軽率な行動をとってしまった。反省してる。

 あの二人との適切な距離感ってなんだろう。
 今日一緒に行動した感じ、不快そうな態度とかはされなかったから悪いイメージは持たれてないと思いたい。ティジ君は結構積極的だったし……弟くんは遠慮してるって印象だった。
 どうしたら以前のように気兼ねなく接してもらえるだろう。

 なんとか乾いた制服に着替えながら二人のことを考える。
 二人とも……色々抱えてる。苦しい時とか、そうじゃない何でもない時でも甘えられる頼れる大人になれたらいいのに。
 五年前も一年前も守ることができなかった。あの子たちは一人でつらい現実に直面してきたんだ。

『ルイだけでなくもう一人の子も。あの子も……とてもつらい思いしたから』

 ここに手違いで来てしまった日、クルベスさんが告げた言葉が頭をよぎる。
 クルベスさんもたぶん同じように思っている。守れなかったって。これからはそんな目にあうことのないよう俺たちが守っていかなければ。

 午後から鍛練する予定だったけどクルベスさんのところに行ってみようかな。一応メールで連絡をいれてみると『医務室にいる。ところでティジたちを詰所につれていったって聞いたが、どういうことか説明してくれるか』って返事が来た。……話したら分かってもらえるかな。
 文面だけだとクルベスさんのご機嫌が窺いづらいけど……まぁあの書き方だと十中八九怒られるだろう。自分から『訪ねてもいいか』って言い出したけど行きたくなくなってきた。

 

 重い足取りで再び王宮と詰所を繋ぐ通路を歩いていると一人の男性に後ろから追い抜かれる。少々急いた様子の男性は足元にまで気を配っていなかったのかその場で転びかけ……持ち直そうとしたけど結局転んだ。
 結構どんくさいなって思ったけどあの人の足元を見て気づく。さっきぶちまけた水があそこまで飛んでたみたいだ。間接的に俺が転ばしたものじゃないか、と申し訳なくなり男性に近づく。心の中で詫びながらその男性に手を貸そうとしたが「いや大丈夫。悪いな、気遣ってくれて」と言われた。『転んだ原因は俺なんです。本当にすみません』とか思っていたら何故か目の前の男性に既視感を覚えた。

「どっかで会いました?」
 ナンパみたいな言い方をしてしまったがそれ以外何て言ったらいいのか分からない。
「いや、すまない。全く分からん。君は……衛兵か」
 立ち上がった男性は服についた水滴を払いながら俺の服装と腕章を一瞥する。
「それなら一応名乗っといてもいいか。俺はエディ・ジャベロン。国家警備隊の刑事部捜査一課に所属している。こっちには度々訪れるから今後もすれ違うことはあると思うけど、不審者とかじゃないから連行はしないでくれると助かるかな」
 冗談まじりにっていうか国家警備隊だと連行する側じゃないか?って考えはその名乗りを聞いてすぐに吹き飛ぶ。
 俺はこの人と会っている。今の今まで忘れていた。いや正確には動揺して覚えていなかった。

「俺……五年前、あなたと会いました……」
 五年前の事件の日、レイジたちに何があったのかわけも分からず混乱していた俺の話を親身に聞いてくれて、事件のことを教えてくれた人だ。
 その男性……エディさんは『五年前』という言葉に眉をピクリと動かす。事情を、素性を話したほうがいいのだろうがここで話せる内容じゃない。
「エスタ、お前こんなとこで油売ってたのか。お前から話をしたいって……っとエディもいたか」
 遅いと思ったのだろう。駆け足でやってきたクルベスさんが異様な空気を感じとり、立ち止まる。
「エディ、そいつはエスタ・ヴィアンっていう今日から配属された新人だ。危ない奴じゃない。……とりあえず場所を移そうか」
 通行の妨げになる、とエディさんの腕を引いた。

 

 とりあえず三人で医務室へと直行する。エディさんの視線が鋭い。もしかすると……いやもしかしなくても事件の関係者だと思われているのだろう。
とりあえずあらぬ誤解があってはいけないと思い、またもや自身の素性を話す。二回目だからか前よりもスムーズに話すことができたけど、これはこれで話し慣れているみたいでよくない気がする。

「あのめちゃくちゃ動揺してた子か!はぁー、立派になったなぁ」
「はい、おかげさまで……」
 立派になった、と言われると少し照れてしまう。あと俺の話を信じてもらえてよかった。
「そんなことあったのか。全然知らなかったぞ?」
 ソファに座ったクルベスさんは自身の足に頬杖をつきながらエディさんを見やる。
「まぁお前はそれどころじゃなかったからな。でも君の証言も多少なりとも役に立ったよ」
 多分それも気遣って出た言葉なんだろうな、と思ったらまぁ本当に役には立ったらしい。怨恨の可能性は低い、という判断材料にはなったようだ。うーん、可能性を潰すという点では役立ったと言える……のか?

「そういえばここには度々来てるって……」
「ん?あ、あー……警備に問題ないかとかの確認だよ。ここは国王陛下がおわす王宮だし何かあってからじゃ遅いからな」
 なーんかお茶を濁そうとするエディさんにすかさずクルベスさんが口を挟む。
「エスタはどっちも知ってる。本当のことを話していい」
 その発言にエディさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「は?お前、どっちもって……去年のはまだしも、アレはこの子に関係ない話だろ!?」
 何考えてんだ、と捲し立てるエディさんにクルベスさんはため息をつく。
「禁止事項伝えたら見事に気づかれたんだよ……まさかものの見事に当てるとは思わなかったけど。口は堅いから多分大丈夫」
「……お前バカなの?下手すりゃこのウン年間の努力が水の泡だぞ?それを直接関係があるわけでもない奴に話すなんて……バカなの?」
「お前にだけは言われたくない」
 そう吐き捨てるクルベスさんにエディさんは「お?やるか?」といきり立つ。そんな彼に慣れた様子で「いいから座れ」と諌めた。

「てか普通に考えてその『禁止事項』ってやつも話さないだろ」
 いまだ納得のいっていない様子で足を組む。エディさん足長いな。
「こいつの性格を考えたら事前に言っとかないといけなかったんだ。こいつ、自分の気持ちは結構そのまま伝えられる奴だぞ」
 おっと、『こいつ』呼ばわりはいただけない。でもそれに口を挟むだけの命知らずでもないので黙っておく。もういっそ「俺のことで争わないでー!」って言おうかな、と思ったけど止めておいた。俺は空気。俺のことなんて気にせずどうぞ好き勝手話しちゃってください、とか考えてたらクルベスさんがこちらに顔を向けた。
「別に素直に言葉にするのは悪いことじゃないんだ。レイジの時はそれが助けになったしな」
「……なんか言いましたっけ?」
「お前……」
 特別なことを言った覚えはない。それなのに何でクルベスさんから残念そうな目を向けられるんだ。

「まぁそういう奴だから言えたんだろうな。お前さ、レイジが魔術つかってるの見て何の躊躇いもなく『綺麗』とか『好き』って言ってただろ」
 あぁそれか。特別なにか意識して言ったわけでは無かったので頭から抜け落ちてた。
「まぁ特に隠すことでも無いですし。実際めちゃめちゃ綺麗だったから」
 ていうか七年前、俺たちが13歳の秋に『レイジに素直な気持ちを伝えてやってくれ』ってそっちが頼んできたこともあったじゃん。その通りちゃんと伝えまくっただけだし。
 そんな俺にクルベスさんは深いため息をつく。
「……それでなんでモテないんだろうなぁ」
 それだけは言っちゃいけない。泣くぞ?今年20歳になる大人が赤子のように泣きじゃくるぞ?あと何で俺がモテないって知ってんの?
「お前と会ってからのレイジは学校が楽しかったみたいだ。自分からは何も言ってなかったけど表情見てれば分かるぐらいには、な」
 そういえば2月頃にはだいぶいろんな表情見せてたなぁ……と思い出す。何でもないあの日々を思い返すとやはり胸が苦しくなってしまう。

「レイジの場合は良い方向に働いた……けど、こればっかりは本当にダメなんだ。下手すりゃ人と関われなくなる。それほどまでに根深いものなんだ」
 でしょうね。あんなこと俺でもおかしくなるわ。
「……やっぱり教える必要なかったんじゃねぇの?」
 エディさんの問いにクルベスさんはイラついたように声を張り上げる。
「だーかーらー!俺から言い出したわけじゃ――」
「クーさん、ちょっといい?あ……お話中だった?」
 少し急いだ様子でティジ君が飛び込んできた。もちろん弟くんも一緒だ。いやぁ仲が良いんだな。心臓止まるかと思った。

「あぁ、お話してた。そんなに急いでどうした?急患でも出たか?」
 クルベスさんもなかなかの役者だな。さっきまでイラついてたとは思えない。
「いや、警備の責任者の人が『今日から来た新人を見つけたら戻ってくるよう伝えてほしい』って……あ」
 こちらに気づいたティジ君に「やぁ」と手を振ると若干戸惑った様子で手を振り返された。上官、相当怒ってたんだろうなぁ。エディさんのことにも気づいたようだ。エディさんは軽く手を上げてティジ君たちに笑みを見せる。
「久しぶり。二人とも元気そうだね」
「はい、えっと……?」
「今日は休みでね。クルベスと話がしたいと思って来たんだ」
 何かあったのかな、と言いたげなティジ君に応える。二人ともすごいな。これが本当の『大人の余裕』ってやつなんだろう。

「悪いな。わざわざ伝えにきてくれて。……あ、本当だ。こっちにも連絡来てたわ。話に夢中で気づいてなかった」
 クルベスさんは白衣のポケットから自身の携帯電話を取り出す。そして少し操作すると再び戻した。
「うん、こっちで話してるから後でそっち向かわせるって伝えた。もう大丈夫」
「そっか、じゃあ……えっと、ごめんね。話の邪魔しちゃって」
 そういえばティジ君ってまわりを気遣う言動がわりと多いな、と思った。
「いや全然大丈夫だよ。ありがとな。そういえば二人とも濡れたんだって?風邪引かないようにあったかくするんだぞ」
 あ、ずぶ濡れになった話も知ってるんだ。いったいどこから聞きつけたんだろう。
 クルベスさんの気遣いにティジ君は「うん、じゃあまた夕食で」と言って静かに扉を閉めた。

「……俺、この後どうなるんですかね」
「知るか。自業自得だろ」
 クルベスさんになかなか辛辣な返しをされてしまった。とりあえずお説教は確定だろう。もしかしたら初日にして『新人』から『問題児』になれるかもしれない。全く嬉しくない。

 


今度は『とある事件の記録』にてお目見えしたエディさんも登場。エスタ君とエディさん、二人ともお名前が同じ「エ~」で始まるとか考えちゃいけない。補足しておくと特別な関係があるわけでもなくただただ偶然の産物ってだけ。