27.衛兵はかく語りき-8

 今後のことに比喩表現でもなんでもなく頭を抱えているとエディさんが「あぁそうだ」と何か思い出したように声を漏らす。
「まだ言ってなかったな。俺がここに来るのは様子見だよ。経過観察ってやつ」
「そのついでにそっちのほうもどうなってんのかーっていうのを共有させてもらってる。何か動きがあったら速攻でこっちに連絡いくはず……だよな?」
 クルベスさんが確認するようにエディさんに携帯電話を見せる。二人とも全力疾走した後みたいにめちゃくちゃ疲れたご様子。

「……大変ですね」
「あぁ、大変だ。だからできるだけ波風立てないでほしい。何で二人を詰所につれていったんだ?」
 わぁ、突然そこに繋げられると驚いちゃう。全く身構えてなかった。
「いや、今日ティジ君たちに城の中を案内してもらって……なんか申し訳ないなーって思ったからじゃあ詰所の中を案内しちゃおうかなーと……あんまり詰所のこと詳しくないみたいだったし、いざという時のために知っておいたほうが慌てないと……考えまして……」
 話しながら『あ、これダメなやつだ』と分かる。笑顔で震え上がらせることができるって、それはもう一種の才能なんだよ。

「あそこ何かあったか?ルイ君、大人はもう平気だったろ?」
「え、弟くん何かあったんですか?」
 エディさんの発言に聞き返すとクルベスさんが答えてくれた。どうやら弟くんは五年前の事件からしばらくの間、クルベスさん以外の大人を尋常じゃないほど恐れていたらしい。城内で目にする衛兵にすら怯える状態だった、と当時を振り返った様子で語るクルベスさんの顔はとてもつらそうだった。
「今はもう平気だ。学校にもちゃんと通えてたし会話もできる」
 あ、そうか。今は安全の面から学校は通えていないんだっけ。

 

「てかそうじゃない。今回問題なのはルイじゃなくてティジのほうだよ。お前はあんまりそういうの気にしないけどさ、結構目立つだろ?あの子」
 まぁ確かに。白い髪に真っ赤な瞳、色のコントラストがすごい。クルベスさんの言う通り俺はそんなに気にしないけど多分初めて見た人は驚くだろうな。
「うさぎみたいな色してますよね」
「うさぎってお前……」
 なぜエディさんは笑ってるのだろう。え、確かいたよね?真っ白な毛に赤いおめめのうさぎって。

「まぁお前の感想は置いとくとして。あれは目立つんだ。かなり人目を引く。あの子、自分の姿を見られるの苦手なんだよ」
 自分からは何も言わないけど、とつけ加える。
「外出する時は必ずと言っていいほどパーカーを羽織ってる。てかさっきも着てたな。本人は『ちょっと目立っちゃうからー』って冗談っぽく言ってフード被るけど、被ったあとは結構落ち着いた様子を見せるからたぶん本心としては隠したくてしょうがないんだろ。実際、初等部通ってた頃は相当気疲れしてたし」
 結構深刻なレベルでは?確かに食堂でちょっと我慢してる様子が見えて慌てて場所を移したけど……。

「そんだけ自分の姿にコンプレックス抱いている子なんだ。なぁ、詰所であの子がどんな様子だったかちゃんと見たか?」
「……食堂で、しんどそうにしてました」
 すぐにいつもの様子に戻ったけどあれは見間違いではない。
「食堂だったら人も多いしすっごい見られただろうな。あといちおう王子だしあの見た目の物珍しさも相まって余計に視線は集まるか。でも屋内だから日差しが眩しいわけでもないことに加えて城の中だから人目を避ける理由もない。頼りのフードで隠すこともできず八方ふさがりだったろうな」
 思った以上にとんでもないことしちゃってる!?むしろよく一緒に風呂入ってくれたな……!
「俺……めちゃくちゃ嫌われてても文句言えない……」
「それは無い。あの子は自分の容姿をじろじろ見られるのが苦手なだけであって、人そのものが嫌いなわけじゃないんだ。好意にはちゃんと好意で返す。自分から他者を遠ざけようともしない。それで余計に疲れてるけどお構い無しだ」
 そういや談話室でもほぼ初対面な俺に自分から話しかけてくれてたわ。

 

「俺もうちょっと距離おいたほうがいいですかね……?」
「いや、しなくていい。お前みたいに普通に接してくれたほうが安心すると思う。王子だって知っててもあそこまで親しげに関われる存在ってほとんどいないし、急に態度変えられたほうが傷つく」
 クルベスさんの言うことは分かるけど……じゃあどうすりゃいいの……?
「とにかく、お前は変わらずお前らしく普通に接してくれればいい。不特定多数からの好奇の目があの子にとってかなりキツいんだ。お前だって嫌だろ、サーカスの見せ物みたいに見られるのは」
 まぁ見せ物はさすがに言い過ぎかもしれないな、と呟く。
「……ごめんなさい」
「ほぉ、この時点で謝るか。まだあるぞ?詰所につれてったらダメな理由。むしろここからが本番だ」
ひぃっ、大変ご立腹していらっしゃる……!

「立ち入り禁止の庭園。あそこ、ティジには武器庫って説明してるのはもちろん知ってるはずだよな。詰所の人間に武器庫のことを聞く可能性は考えたか?何も知らない他の衛兵に武器庫のこと聞いたらどうするつもりだった?『武器庫なんて無い』って言われたらティジは速攻で疑問に思うぞ?」
 あの子は好奇心旺盛だから下手すると自分で確かめにいくかもしれないな、と額に青筋を立てながら笑む。
「あとこれが一番の問題。あそこの図書室の窓からはな、立ち入り禁止の庭園が見えるんだよ。他の人間なら何の問題もないけれど、ティジなら自分の見覚えのない場所に興味を抱くし最悪その場で記憶が戻るぞ」
 地図と照らし合わせると確かにそうだ。問題の『立ち入り禁止の庭園』は貴重な花も生育されているため、無闇に人が立ち入らない箇所に設けられている。加えて詰所は来訪者が迷いこんでしまわないように少し奥まった場所に建てられていた。
 とどのつまり『立ち入り禁止の庭園』は詰所と位置関係は近いということだ。庭園だから日当たりを考慮して空を覆うような構造でもないので高いところからはその妙にひらけた空間が一望できてしまうだろう。図書室を案内した時にカーテンを開けなくて正解だった。

「ついでに詰所は裏の通用口と近いから危ない。普通に危ない。これだけあるけどまだ足りないならもっと言うぞ?」
「ごめんなさい。めちゃめちゃ反省してます。もう勝手に詰所につれていきません」
 全力で頭を下げながらひたすら謝罪を述べる。本当に申し訳が立たない。今すぐにでもティジ君に謝りたい。でも連れていっちゃいけない一番の理由は言えないしもうどうしたらいいか分からない。
 クルベスさんはそれを非常に冷えきった目(でも怒りの熱もばっちり感じる)で見ると足を組み直した。
「本当に?誓えるか?」
「神に誓って約束します……」
 うちは特に何か信仰してるわけでもないが『誓う』と言ったら神のイメージがあるのでとりあえず何でもいいので誓う。こういうのってきっと気持ちが大事だからどっかの慈悲深い神様が聞き入れてくれると願いたい。
「俺は神とか信じてないけど……まぁそこまで言うなら今回は水に流してやるとしよう。次はねぇからな」
 めっちゃ怖い。エディさんは嵐が過ぎ去るの待つかのように何も喋らないし。

 

 全身全霊の謝罪を終え、恐る恐る頭を上げる。
「ところで……一つ聞いてもいいですか?」
「一つですまねぇだろ」
 まだピリピリしてる。でも危うくこの一年間隠し通してきたことが無駄になるところだったので無理もないか……うん、本当に危なかった。
 窓の外を見ると空は橙色に染まっていた。俺どれぐらいここにいたんだろう。
「ティジ君って実は養子という可能性は……」
「あるわけねぇだろ。仮にそうだったとしてもいっぱしの衛兵に言わない」
「ですよねー……」
 軽はずみな発言をしてしまった。クルベスさんは腕組みをしながら俺を睨む。
「ティジの姿が気にかかるのか?」
「まぁ……はい」
 聞いたのはそれだけが理由ではないのだが。

「あれは生まれつきだよ。過去の王室どころかありとあらゆる文献を調べてもティジみたいな姿の人間はいない。そのこともティジが自分の容姿にコンプレックスを抱く原因になってんだけどな。あぁ、あとティジはとんでもなく魔力が多いから。そのことも気にかけて……」
「あ、それは聞きました。一緒に風呂入った時に話してくれました」
「……風呂?」
 どういうことだ、と先を促す。そりゃ普通はそういう反応するよね。本当になんであの子たちは一緒に入ってくれたのか不思議でならない。
 もしかしたらこれも怒られるかなーって思いながら大浴場での出来事を語った。

 

「ティジのやつ、自分から話したのか。珍しいな」
 意外にも怒られないどころか、どこか感心した様子で呟く。
「そこまで話したってことは結構信頼されてる証拠だよ。変に距離をとったりしないことがよかったんだろうな」
 ティジ君への接し方は間違ってはいなかったのか。……っと、そうじゃない。
「あのー……つかぬことをお伺いしますが、ティジ君のお父様ってこの王宮の主でいらっしゃるお方なんですよね……?」
「あぁ、国王として絶賛活動中のジャルア・リズ・レリリアンだぞ。それがどうした?」
 国王に絶賛活動中って文言つける?いや変につつくな。薮蛇になる。

「同じ名前の子どもっていないですよね?」
「いないって……あ、もしかして今日会ったのか?」
 若干面倒くさそうに返すも、俺の言いたいことに気づいたように声をあげた。
「はい。談話室でティジ君が寝てたのを見守ってて……あの人、本当にクルベスさんと同い年なんですか?どう見ても俺より年下にしか見えないんですけど」
 整形とかそういう言葉じゃ説明できない。いくらなんでも実年齢と見た目があってなさすぎる。
「……あいつのことは追い追い話すよ。少し長い話になるから今日はここまで。そういえばお前、警備から呼び出されてたよな?たぶんすっげぇキレてんぞ。早く行ってやれ」
 どうやら不都合なことを聞いてしまったらしい。追い出されるように医務室から摘まみ出されてしまった。

 

 するとなぜか一緒に追い出されたエディさんが「まぁ、あれだ」と口を開いた。
「あいつが話せるようになったら話すだろ。気長に待ってあげてくれ」
 どれぐらいかかるか知らないけど、と付け足す。
「エディさんは知ってるんですか?」
 見た感じかなり親しげだった。俺とレイジや弟くんとティジ君みたいな付き合い方とは違う、ときどき喧嘩はするもののしばらくしたら何でもなかったかのようにまた関われる……気の置けない仲ってやつ?

「あいつとは結構長い付き合いだからな。てか先代の国王から聞いたし。とにかく色々あったってこと。ところでキミ、就任初日から責任者直々に呼び出しくらうって何したんだ」
「……何でしょうね」
 結構やんちゃなのか?と問うエディさんには笑って返しておく。
 怒られる原因……思い当たる節は(山ほど)ある。詰所にティジ君たちをつれていったことはもう怒られたから、直近のものだと盛大に水ぶちまけたことかな。それともティジ君たちをずぶ濡れにしたことだろうか。
 何にせよしこたま怒られることには変わりない。うぇえ……戻りたくない……。

 


クルベスさんが神様を信じない理由は「もしも神がいるっていうなら、ティジやセヴァたちみたいな何の罪もない人間をあんな酷い目にあわせるわけないだろ」だそうです。発言が重みが違いますね。