「そういえばティジ。学園祭の時に聞きそびれたことについて、結局何だったんだ。もし何か悩んでいることがあるなら聞かせてくれないか」
図書館から帰ってくるなりクルベスに呼び出され、クルベスの私室に足を運んだティジ。ソファに座るよう勧められて腰を下ろすと開口一番に問いかけられた。
最初はクルベスが何について問うているのか分からなかったが、すぐに思い出す。
午前中の手伝いを終えた後、クルベスたちと合流した際のこと。少し様子がおかしかった自分にクルベスが「何かあったのか」と様子を伺ったのだ。
あの場では「大丈夫。何でもないから」と言ってなんとかやり過ごしたが、もう同じ手は使えそうにない。クルベスも「話すまで解放しないからな」という雰囲気を醸し出してるし。
それにしてもまさかこのタイミングで聞かれるとは全く予想していなかった。もうすっかり忘れていると思って安心していたのに。
もしかしたら今日シンと出くわしたことでクルベスも『そういえばあの件、聞きそびれていたな』と思い出したのかもしれない。
とは言え非常に言い出しにくい。
『負の感情は全く出さない』
『常に周りに気を遣ってる良い子ちゃん』
シンから言われた言葉を気にして「自分が周囲に見せている言動は良くないのか」と悩んでいたなどとは。
みんな優しい人だから、自分が悲しんだり不快感を示せばきっと迷惑を掛けてしまう。暗い感情を表に出さなければ、みんなに負担を掛けることもない。
……なんて言えるわけがない。とりあえず何か理由をこじつけて上手くかわせないだろうか。
「ごめん。話すのがキツい内容だったら無理して話さなくていいから。お前に無理強いしてまで聞き出すのは間違ってるよな」
「え?あ……いや……えっと……」
クルベスのことだから、わざとこちらの罪悪感を煽って聞き出そうなどとは考えていないはず。おそらく本心から自分を気遣って出た言葉なのだろう。だがその言い方は今自分が抱えている悩みにかなり局所的に響いてしまう。
少しだけ……かなりぼかした言い方で話してみれば良いかな……。
◆ ◆ ◆
あれから非常に婉曲的かつ噛み砕いた内容で話した。が、それだけでもクルベスはおそらく本意に気付いた様子。「話してくれてありがとな。もし『少ししんどいな』ってなった時があったら遠慮なく寄りかかってくれて大丈夫だから。体と同様、心にも休みは必要なんだからそこは気にしなくていい」と優しい笑みを浮かべながら頭を撫でられた。
クルベスに撫でられたところからじんわりと温かくなっていく気がする。『やっぱり心配させてしまったか』と申し訳ない気持ちもあるけれどそれ以上に優しい言葉を掛けられてなんだか胸が熱くなる。
このままここに居ると最終的には自分の抱えている暗い感情やら悩みやら全て打ち明けて泣き出してしまうかもしれない。
そう危惧したティジは「もうすぐ夕食の時間だからいったん部屋に戻る!」とだけ言って慌ただしくその場を後にした。動揺して説明口調になってしまったがクルベスに引き留められることは無かった。
夕食を終えて寝る準備まで完了させたティジは自室にて『さて、どの本から読もうかな』と今回借りた本を見る。
そこでふと見覚えの無い本が混ざっていることに気がついた。目の前にある冊数は貸し出し上限である十冊と同じ。だが一冊だけ借りた覚えの無い本に入れ替わっていた。
「犯罪心理学……?」
昔このような本を一度手に取ったことがあった。だがそれを見つけたクルベスが『成長期にこういう物はあまり読まないほうがいい。心身ともに発達途中の子どもには刺激が強すぎる。もう少し大人になってからにしておけ』と注意されたのだ。
でもあれからもう何年も経っていることと怖い物見たさの好奇心に負けて『ほんの少しだけ……』と本を開いた。
本の内容としては過去に起きた事件を例に挙げ、それを行なうに至ってしまった加害者の心理などについて語られている、初心者でも理解がしやすそうな物だった。
中には違法薬物を取り扱った事件も記載されており、そこでようやく『この本を借りたのはシンなのではないか』という憶測が浮かぶ。
たしかシンは薬物についての話題をしていたことに加えて、図書館内では行動を共にしていたことを考えるとどこかしらのタイミングで彼の本が混ざってしまった可能性は高い。
念のため後でルイにも確認してみるが、もしシンが借りた物だったら彼に渡さないと。あと自分が借りた本も入れ替わるかたちで向こうに渡ってしまっているだろう。
こういう時にシン君の連絡先とか家を知っていたら訪ねることも出来そうなのに……いや、そうしたら「ティジ君の家(厳密に言うと城)にも遊びに行きたいな」とか言われたらすごく困るな。返却期限を考えても少し余裕があるから学校が始まってから渡そうっと。
そこから少し読み進めていくと、誘拐や監禁事件において被害者が加害者に好意を抱いたり共感する事例に目が留まる。被害者が自分の安全や生命を守るためにそのような心理状態に陥ってしまうのだとか。その症状の名前も書かれていた。
あ、でも家庭内暴力などの親しい間柄の人間から加害された時に被害者が『加害者は悪くない。自分が悪いんだ』と自分を責める心理は上記の症状とはまた異なるとも併記されている。
へぇ、ちょっと読んだだけでも奥が深いな。でもやっぱりクーさんが忠告していたとおり刺激が強い。読むのはこれぐらいにしておこう。こういうのはのめり込むと良くない。
それにしても、被害者が『自分のせいだ』と責めてしまう行動……八年前にこの城に移り住んだばかりの頃のルイも同じようなことを言っていたな。
でもあれは親しい間柄の人間による犯行ではないし誘拐や監禁などの長時間の拘束も無かったはずなのでまた異なる事例になるのかな。
かく言う自分も母さんが亡くなった時のことを思うと『自分をかばったせいで』と……やめよう。これについてはこれ以上考えても仕方がない。もう起きた事だし後悔しても過去は変わらないんだ。
今の自分が行なうべき事は、周囲に心配を掛けないこと。とりあえず夜更かしをして目の下にクマでも作ったらダメだからさっさと寝てしまおう。
――全部ぼくが悪いんだ。
チクッと針で刺したような痛みが頭に走る。
――『あの人』は悪くない。
チクリ、と再び痛み。
――ぼくがいなければ『あの人』はおかしくならなかった。
チクリ。チクリ。断続的な頭痛に苛まれて顔を歪める。
――こんな姿のぼくが、こんな心を持ったぼくのせいで『あの人』はおかしくなったんだ。
何やらおかしな声が聞こえるような気がする。でも当然ながらここには自分しかいない。
久しぶりに外出したから気疲れしたのかも。きっとそうだ。自分が思っている以上に疲れたのだろう。
早く寝よう。このまま起きていても頭痛は解消されない。
目を閉じて、自分に言い聞かせるように『大丈夫』と呟いて、そのままジッとしていたらすぐに眠りにつく。
一人ぼっちの夜なんかすぐに明ける。
雨はすぐに止む。
いや、雨なんか降っていない。
そうだ。だから何も怖がる必要はない。
色々な物がポツポツと。小さな違和感は誰も知らないところで着実に増えていく。