27.から風混じりの寸暇-2

「二人ともおかえり……」
 学校の正門から出たティジとルイ。そんな二人を待っていたエスタは覇気のない声で二人を迎える。
 日頃は元気が有り余っているエスタが何故このような様子なのか。それは今日ティジたちが学校に足を運んだ理由と関わっている。

 

 つい先日エスタの怪我が全快し、ようやくティジたちも学校に復帰できる運びとなった。しかしタイミングが絶妙に合わず、学校は冬期休暇に突入したところであった。とどのつまりティジたちが復学できるのは年が明けてからになったのである。
 そして今日。ティジたちは休学している間に配られた授業の資料や冬期休暇中の課題を受け取りに来た、という次第だ。

 エスタはこのことに非常に責任を感じているようで今朝からこの調子である。クルベスがいくら慰めても全く効果がない。

 

「せっかく出掛けたんだし寄り道でもするか。どこか行きたいところはあるか?」
 エスタの落ち込みようは同行しているクルベスが気を遣った言葉を掛けるほどである。
「あ、それなら図書館に行ってもいい?課題で『自分の興味関心がある分野について調べて発表する』っていう物があるから」
 ティジの発言にルイも頷く。

「エスタはどこか行きたい所は無いか?」
「お二人が望む所ならどこへでも……もう何でも手伝いますんで……」
 念のためエスタの希望も聞いてみるもトボトボと歩きながら返事をする。その様子にクルベスは心の中で『元の調子に戻るまでしばらくかかりそうだな……』と呟いた。

 ◆ ◆ ◆

 王宮と程近い場所にある図書館。慣れ親しんだ場所であってもルイはティジのそばに付き従ったまま離れない。
 ルイとは城の中でもよく一緒にいるので特段気にならない。それに加えて先日学校内でブレナ・キートンらに攫われたのはルイと学校内で離れて行動していた時のことだったため、いま一人で行動するのは無謀と言えよう。
 そう思案しながらティジは課題に役立ちそうな本を探していった。

 横目で見るとルイも自分の課題で活用できそうな本は見つけているらしい。『ずっと俺のそばにいたのにいつの間に見つけていたんだろう』と思いながら再び本棚に目を移す。
 頭上に少し興味深いタイトルの本を見つけた。少し背を伸ばせば届く高さだ。近くに脚立や踏み台の類いも見当たらない。ルイのほうが少しばかり背も高いので取ってくれようとしていたが、自分で取れる高さだったので(決して意地を張ったわけではない)その申し出を断り、目当ての本へと手を伸ばした。

 

「ひっ――!?」
 スゥーっとティジの背中を何かが這う。全く予想していなかった刺激に裏返った声を上げたティジは勢いよく背後を振り返った。

「やぁ、久しぶり」
 そこには笑顔で手を振る同級生――シン・パドラが立っていた。

「こんな所で会うなんて偶然だね。元気にしてた?」
「ティジ、行くぞ」
 ルイはシンの手を叩き落とし、ティジにこの場から離れるよう促す。ティジを背後からくすぐる、という行動をしたことを思うと掴みかからなかっただけ我慢したほうである。
「つれないなぁ。そんなあからさまに嫌そうな顔しなくてもいいじゃん」
「黙れ。図書館では私語厳禁だ」
 ルイはわざと辛辣な言い方をするがシンは「それを言うなら騎士くんもさっきから喋ってるけど」と全くこたえた様子も無い。

 

「あ、それ学校の課題?へぇ、ティジくんは魔術に関する感じにしたんだ。奇遇だね。俺のもそういう系にしよっかなって考えてたんだ」
 シンはティジとルイの間に割り込むように身を乗り出し、ティジが手にしていた本を物色する。

「この国って他のところと比べて魔術に対する理解とか研究が比較的進んでるじゃん。せっかくだからそれに関するやつにしよっかなーって。ほら、これとか凄くない?魔力を込めているっていう薬物」

 生命の源とも言える魔力。どうやらシンの説明によるとカプセル内に魔力が込められているらしく、それを摂取することで魔力を取り込めるのだとか。なお、これに関しては法律では認められていない……いわゆる違法薬物に分類されている。
 その理由は摂取すると気分が高揚するため非常に依存性が高い上、摂取した量によっては命を失いかねない危険な代物となっているからだ。

 自分は生まれつき保有している魔力が多い。それゆえに魔力の変化に敏感な自分がそんな物を摂取すればすぐに倒れてしまうだろう。
 そう思ったティジは『自分には一生縁がない物だな』と頭の隅で考えながらシンの話を聞き続ける。なおその間、ルイは終始シンを引き剥がそうと奮闘していた。

 

 

 その後『何か騒がしいな』と様子を見に来たエスタとクルベス。「偶然会った」と言うシンを無下にするのも大人げないため『せめて図書館を出るまでの間は行動を共にするのも許すか』という流れとなった。

 実のところティジたちがブレナ・キートンらに連れ去られた時、シンにティジたちの所在を聞いたおかげでブレナ・キートンの元へ真っ先に向かうことになったのだ。偶然とはいえ結果的にシンの証言はティジたちの迅速な救助におおいに役立ったわけである。
 まぁティジの素性を知られてしまうわけにはいかないためシン本人に感謝を伝えることは出来ないのだが。

 

「シン君だっけ?ちょっと聞きたいんだけど、ぶっちゃけ学校での弟くんの様子……というか周りの子ってどんな反応してる……?」
 この機会に聞いてしまおう、と考えたエスタがシンに問いかける。『弟くん、自分がめちゃくちゃ綺麗な顔してるってことに自覚無いから非常に心配』という言葉は心の内に仕舞った。
 それに対してシンは「あぁ」とその質問が来ることを想定していたように笑う。

「まぁお察し通りとーっても有名ですよ。学園祭の準備中に何度も『ウェイターをやらないか』って誘われてましたけどずーっと断ってましたね。でも学園祭の間も騎士くんの姿を見た人がつられるようにご来店してきましたよ。午前中とか特に」
 シンは「本人は気にも留めてないみたいだけど」と軽く言うがエスタとしては肝が冷える。
 そんなことがあったなんて初耳だしやっぱりレイジと同様に危機感が皆無じゃないか。ティジくんのことを気にかけるのもいいけれど少しぐらいは自分の心配もしてほしい。本当に。

 

「そうだ、今度一緒にお昼でも食べようよ。学校の食堂とか行ったことないんじゃない?一緒に食卓を囲むことでより一層分かり合えると思うんだよね」
「ここまで拒絶されてんのにそんなことが言えるって凄いな。そこだけは評価するわ」
 ルイの嫌味にシンは気分を害する様子もなく「それほどでも」と返した。

 


 ティジたちはよく休学しているので『単位とか大丈夫?進級できる?』ってなりそうですがその当たりはわりと問題ないです。
 休学理由が(表向きは)病気とか怪我なので、課題と試験の結果が問題無ければ進級はできるよう学校側が取り計らってくれてる。