17.淡彩色の記録-3

 ルイの学校の件について、日中はクルベスさんも忙しそうにしていたためもう少し落ち着いてから聞いて見ることになった。

 落ち着いてからっていつ頃だろう?そういえば記憶を失くす前の俺はクルベスさんとどれぐらい親しかったのかな。
 実際のところ、あの人がどういう人なのかまだあんまり分かっていない。昨日は俺が眠るまでそばに居てくれたけれど、寝る前に何か話をしようとしても「いいから早く寝なさい」の一点張りだったし。

 そんな事を考えながらクルベスさんが暇になるタイミングをうかがってるうちに段々と日が暮れる。夕食を終えてもうすぐ寝る時間となった頃、ようやくクルベスさんを捕まえることが出来た。

 

「確かに。前向きに検討はしたいところではあるな。学生の本分は勉強だし。まぁ学習面においてはここに王室教師を招くことで補うことも出来るが、同年代の子らと集団で過ごす機会ってそうそう無いからなぁ」
 エスタさんからの報告をひと通り聞いたクルベスさんはひとつ頷く。それから『学生の本分は勉強』という言葉に人知れずダメージを受けているエスタさんに呆れた表情を見せながらも「そうだな……」と熟考し始めた。
 クルベスさんに確認したらすぐに決まりそうなものだと思っていたけれどそうでも無かったらしい。俺の知らない範囲で様々な懸念事項があるのだろう。

 回答が出るまでルイとエスタさんと揃って大人しく待つ。
 記憶を失くしたことで多大な迷惑を掛けているというのに更に困らせてる。でもルイまで休ませてしまっている現状はやはり良くない。
 いや、こんな事はしょせん建前でしかない。自分勝手かもしれないけれど、俺のせいで周囲の人にこれ以上我慢や苦労をさせたくないというのが本音か。

 記憶を失う前の俺も周囲の人に対してこのように思ったりしたのかな。俺はどのような感情を抱いて人と関わっていたんだろう。
 内面の事になるので確かめようが無いな……とりあえず忘れないうちにノートに書いておこう。

 思い立ったらすぐ行動。ノートを取り出して今思ったことを大雑把に書き込んでいたら、クルベスさんがそれに目を留める。「それ何だ?」と問われたので日中エスタさんにした説明をもう一度しながらクルベスさんにノートを渡した。

 

「なるほど。これが……結構しっかり書き込んでるな」
「書いてるうちにどんどん気になる事が増えてそれも一緒に書き込んでるから……かなり読みにくくなってると思う。なんだったら俺が寝てる間に読んでても大丈夫だよ」
「そうか?ならお言葉に甘えて読ませてもらうな。この中で何か気になる事があったら何でも聞いてくれ。俺で分かる事だったら答えるから」
 ノートに目を通していたクルベスさんは柔らかな笑みを浮かべる。『何でも聞いてくれ』という言葉に俺は目を輝かせたけど、言葉を発する前にクルベスさんは「さて」とひとつ息を吐いた。

「学校の件はひとまずルイの意見も聞いて、それから考えておく。てなわけでルイ、別室でお話だ。エスタはティジが寝るまで一緒に居てやってくれ」
「俺まだ起きられるよ?」
「良い子は寝る時間。あと念のため今日も医務室で寝るように。そんじゃエスタ、悪いけどよろしくな」
 クルベスさんはそれだけ言うとノートを持ってさっさと退室してしまう。引き留める間も無かった。

 

「……クルベスさんの話も聞きたかったのに」
「まぁまた明日聞けばいいんじゃないかな。それよりも!今日もいろんな事を覚えて疲れたでしょ。ほら、おねんねの時間だよー」
 頬を膨らます俺をエスタさんがなだめる。でも二日続けてお話出来ず仕舞いなのだ。『今日こそは』っていう意気込みが漏れ出てしまっていたのか。

「エスタさんから見たクルベスさんってどんな人?」
「うーん……色々あるなぁ。色々ありすぎて一言じゃ表せない。今はノートも無いから頭がこんがらがっちゃうと思うな。だからまたノートが戻ってきたら話してあげる」
 エスタさんの発言やクルベスさんとのやり取りから二人は結構親しい関係ではあるのだと推測出来た。
『衛兵』と『お医者さん』って仕事上で交わる機会は少なそうだとは思ってたけど……まぁそれをいったらエスタさんは何でルイのことを『弟くん』って呼ぶのかも気になる。気になることだらけだ。でもこういう時に限ってノートが手元に無い。せめてメモが欲しい。

 

「もうおやすみ。寝られないなら子守唄でも歌っちゃおうか?」
「そこまでしてくれなくても大丈夫。目を閉じたらそのうち寝られるし」
 エスタさんの申し出は丁重に断ってベッドに入る。心なしかすごい子ども扱いされてる気が……気のせいかな。

 まぶたを下ろすと遅れて部屋の明かりが消える。きっとエスタさんが消してくれたのだろう。けれどまたこちらに戻って来て、そのままそばについてくれていることが気配で分かった。

 昨日の夜もそうだった。俺が眠りにつくまでクルベスさんがこうして見守ってくれていた。

 夜の冷たい静けさ。
 今の状況やこれから先の事への不安。

 そばに誰かがいる、というだけで胸のうちにわだかまっているこれらの事から少しだけ目を逸らすことが出来た。

「エスタさん、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
 自分でも気付かないうちに頭は疲れていたらしく、夜の闇に溶けるように意識が薄れていった。

 


 ティジはノートに書き込んでいる時も『俺の字ってこんな感じなんだ』とか『記憶は無いのに字は書けるって不思議』なんていう事を考えたりしてます。
 でもそのまま考え込んじゃうと本来書こうと思っていた内容を忘れてしまいかねないので『危ない危ない。脱線しそうになってた』と自分を律してる。
 それはそうとエスタさんとティジの組み合わせって珍しい気がする。