05.喧騒-5

 新学期が始まり、最初に行われる学力試験。ルイはその結果――もとい採点された答案と、隣に座るティジの答案を見比べる。

 自身も一応平均点以上の点数は取れているがティジと比べるとやはり霞んでしまう。おそらく学年首位にあたるであろう優秀な結果に舌を巻いた。
 常々思っていたがティジはやはり勉強の飲み込みが早い。幼い頃から高度な知識が必要となる魔術を扱うことができるのだからそれも何ら不思議ではないのだろう。
 ルイは少し複雑な気持ちを抱きつつ再び自身の答案に目を落とす。……ため息が出てしまいそうだ。

 

「わ、すごいな。満点じゃん」
 ヌッと背後から声が飛んでくる。ルイの肩に腕を置いた声の主――シン・パドラはティジの答案をまじまじと見つめていた。

「偶然だよ。運が良かっただけ」
「いきすぎた謙遜だねぇ」
 ティジの返しを皮肉するように苦笑したシン。睨み付けながら、その手を退けるよう体を動かすルイにシンは「あぁごめん。痛かった?」とまるで深窓の令嬢の如く過剰にいたわった。

「何の用だ」
 ルイは馴れ馴れしく肩を擦ろうとしてくるシンの手を払い除け、冷たい声を浴びせた。
 今は自習のはず。教師は試験問題の解説資料を取りに行っているので、自習とは名ばかりの休憩時間になっているが。
「んー?ほら、今回めちゃくちゃ意地の悪い問題があっただろ?誰か解けてる奴いないか探してたの。あ、騎士君も駄目だったんだね」
「……何だソレ」
 勝手に人の答案を覗き込むにとどまらず、礼節を欠いた発言を重ねるシンに、危うくこれ以上にないほどにドスの利いた声を出してしまうところだった。ティジの手前だから何とか留まることは出来たものの、苛立ちは募るばかり。
 ルイの問う『ソレ』が意地の悪い問題のことではなく、『騎士君』という呼び名を指していることに気づいたシンは心底おかしそうに目を細めた。

「だって『ルイ君』って呼んだらめちゃくちゃキレてたじゃん。それなら別の呼び方にしようかなって。どう?騎士君ってピッタリだと思うんだけど。ティジ君のそばからずーっと離れない。見目麗しい騎士って感じ」
 シンの指摘に『自分とティジの関係ないしはティジの素性を勘づかれたのか』と動揺するも、それはすぐに杞憂だと分かる。

「あ、気取ってる感じがしてイヤ?他にも色々思いついたんだけど一番マシなのがコレだったんだ。それとも金魚のフンとかさみしがり屋っていうほうがいい?」
 馬鹿にしたような笑みに、ルイの堪忍袋の緒が切れた。

「お前オモテ出ろ」
「おや、意外と血気盛ん」
「ふ、二人ともちょっと落ち着いて。そろそろ先生が戻ってくるから……」
 狼狽えた様子のティジに諌められたルイは渋々引き下がる。『もめ事はご法度だ。悪目立ちするわけにはいかない』と自分に言い聞かせながら、何が面白いのかカラカラと笑うシンを睨み付けた。

 

 ティジの忠告通り、さほど時間が経たないうちに教師は戻って来た。そのまま今回の試験問題の解説を終えると、続けざまに今後の行事予定――学園祭についての説明を始める。

 この学園では秋に生徒たちが工夫を凝らした出し物を行うらしい。初等部でも似たような物があったが、あの時は『自分の興味のある分野について研究し、ポートフォリオにまとめる』という簡素なものだった。その程度のほうが怪我の心配も無いので納得はするが。(ちなみにティジは自身の好物であるチョコレートについて調べ、どこまで説明するかということに頭を悩ませていた)

 しかし一転して高等部では、学級あるいは特定のグループで力を合わせて一つの企画を作り上げていく形式をとっている。他者と協力して物事を成し遂げる経験を養うためなのだそう。

 念のため補足しておくと、初等部と同様に『研究テーマを設定して結果を展示する』ということも可能だ。
 しかしそれではあまりにも味気ない。行動力と好奇心に溢れた今をときめく学生たちには、クルトンが入っていないスープのように物足りない。少しばかりのアクセントというか遊び心はほしい。
 そんな気持ちを持つ者が多いのか例年、縁日の屋台を模した出店やミュージカルなどエンターテイメント性のある企画が軒を連ねるようだ。

 教師による以上の説明を聞いていると、またも背後から声が掛かる。

 

「二人はどっちをするの?ウェイター?それとも調理?」
「えーっと……特に決めてないかな」
 ティジはシンの質問に少し考える素振りを見せて答える。先ほどの(危うく乱闘寸前にまで発展した)出来事など無かったかのように気さくに話しかけるシンの図々しさに、ルイは人知れず『こんな奴にはならないでおこう』と誓った。

 シンの質問が指し示すのは、彼らの所属する学級が行う企画――喫茶店での役割のこと。
 いくつかのカフェメニューを提供するという変わった点など一切無い、ごく普通の飲食店という形式だ。(テーマを決める際にかなり変わり種の案も出たが、当然ながら学校側に却下された)
 レシピ通りに料理を作る調理担当か、客から料理を注文を伺ってテーブルまで運ぶ給仕のどちらが希望か、と聞いているのだろう。

 ティジは以前、二月中旬の『感謝の日』にてマカロンを作った経験がある。あれはこれまで食べたどんなスイーツよりも格別に美味であった。加えてマカロンは作ること自体が難しいらしいので調理担当になっても心配はいらない。
 仮にもう一方の給仕を選んだとしても、ティジは初対面の相手に物怖じすることはないので給仕も選択肢には入るだろう。

 しかしティジの気持ちを考えれば、彼が内心どちらを希望しているかなど分かってしまう。

 

「……俺は調理のほうにする。確かそっちの希望者が少ないって聞いた。ティジも良ければそっちにまわったらどうだ」
 ルイはあくまで軽い誘いを装ってティジに呼び掛ける。ルイは頻繁に料理をするわけではないが全くの未経験というほどでもない。ティジからマカロンを貰って以降、『来年は自分も何か作ろう』とたまに練習しているのだ。(大のチョコレート好きのティジに中途半端な出来の物は渡すなどもってのほか。というかそんなことはしたくない)
 そんなルイの発言に賛同するかたちでティジは「じゃあ俺も調理にまわろうかな」と頷いた。

 もし仮にティジが給仕を担当した場合、訪れた客――もとい学園内外の人間はティジの特異な容姿に好奇の目を向けるだろう。
 だがしかし人一倍、他者に気を配るティジのことだ。『人の視線にさらされたくないから、と我が儘を言うのは良くない』と考えているのは想像に容易い。事実、さきほどの『調理か給仕のどちらにするか』という質問に答える際も一瞬、返答に詰まっていた。

 ティジが気負うことのないよう、上手く誘えたことにルイは安堵し「じゃあ希望書もそう書いておくか」と微笑む。
 横から聞こえてきた「騎士君、やっぱり一緒がいいんだね」という声は無視を決め込む。内心腹立たしい気持ちを抑えながら『早く放課後になれ』と願った。

 


 気にくわない相手には容赦なく冷たい態度をとるルイ。「不快」という感情はハッキリ出すあたり、お兄さんと似てますね。
 マカロンのくだりは番外編『チョコレート談義』にて。