24.萌芽-5

 その日の夜。ルイは自室でガックリと肩を落としていた。ティジへの気持ちが意図しない形で本人に伝わらなかったことに喜ぶべきだろうが、とてもそんな気分にはなれない。

 あの反応だと完全に脈ナシだ。『好き』と言われて一瞬でも舞い上がった自分に嫌悪感すら覚える。だがこの思いが叶うはずないと分かっていても、やはりこたえてしまう。

「最低だ……俺」
 彼のことを思えば、こんな気持ちなどさっさと捨てたほうがいいのに。
 とにかくティジに勘づかれないように平常心を装っていかなければ。

 

『しっかりしないと』となんとか自分を鼓舞していると軽いノックの音が聞こえてきた。もしかしてクルベスだろうか。心配して様子を伺いに来たのかもしれない。

 もう一度ノックされる。とりあえず出ないと。このままでは居留守してしまう。

「ごめん。ちょっと考え事してて――」
「あ、ルイ……」
 まさかの予想だにしていなかった人物に心臓が飛び出るかと思った。そりゃそうだ。普段ならばティジは二回もノックなんてしないのだから。

「えっと……どうした?」
 もう夕食も終えてあとは寝るだけ、という時間。なぜこんな時間に訪ねてきたのか皆目見当もつかないので聞いてみる。その問いかけにティジは言いにくそうに重い口を開いた。

 

「……一緒に……寝たい」
「え」
 告げられた言葉に目を丸くするルイ。日頃ティジと一緒に眠る機会なんて、雷が鳴った時に怯える彼のそばについていることぐらいしかないから。だが今は雷どころか雨も降っていない。事実、ティジは泣いていないし。

「ごめん、こんなこと急に言われても困るよね……」
「いや……理由を聞いてもいいか?」
 二の句を継げなかったルイの様子にティジは『やはり迷惑だったか』と目を伏せてしまう。それにルイが『迷惑だなんて思ってない』という意を示すと、ティジはシャツの袖を握りながらポソポソと呟いた。

「ここ最近、ルイと一緒にいられなかったのが寂しくて……それを思い出したら一人でいるのが不安になってきて……だから、その……ルイと一緒にいたい……」
 そこまで言うとティジは瞳を潤ませて俯いてしまう。ティジがこんな状態になったのは元はといえば自分が身勝手な思いを抱いたせいだ。それならばこの申し出をはねのけるわけにはいかない。

「俺は大丈夫。じゃあ一緒に寝るか?」
「……いいの?」
 顔を上げたティジにルイはコクリと頷いた。

 

 ――と、余裕ぶってみせたもののやはりまずい。

「雷じゃない日にルイと一緒に寝るの久しぶりだ」
 えへへ、と嬉しそうに笑うティジを前にルイの理性は限界を迎えていた。

「二人だとちょっと狭いね」などと無邪気に体を寄せてくることや、ティジの着ているシャツが少々大きめであることなど、諸々のことがまるで遅効性の毒のようにジワジワとルイの理性を蝕んでいく。『なんでこんな時に限って来てくれないんだ』とクルベスへ恨み言の一つでもぶつけてしまいたくなる。

 でもティジの発言も一理あるな。確かに自分のベッドは二人並んで寝るには狭い。雷の日に備えて、もう少し広いベッドを使えないかクルベスに相談してみるか。

 

「……ルイ。俺ね、もうこのままずっとルイと離ればなれになっちゃうんじゃないかって思ってたんだ」
 ピタリと体をつけてこぼす。自分の鼓動が妙に速いことがバレないか心配していたルイは、その呟きにティジの顔へと視線を向けた。

「母さんが亡くなってから……父さんとあんまりお話できなくなって……サクラも遠くの学校行っちゃって……クーさんも、何か様子が変なのに何も言ってくれないし……っ」
 ティジはそこで言葉を切ると何かをこらえるように黙り込む。彼が鼻を掻くのを装って目の端からこぼれ落ちた雫を拭ったことには気付かないふりをした。

「みんな、みんな変わっちゃって……そしたらルイもなんか俺のこと避け始めて……このままルイも離れちゃうんじゃないかって……怖くて……」
 なぜこんなにも体を寄せてくるのか分かった。――少しでも人の体温を感じていたいからだ。

 ティジは母親が亡くなってから身近な人物たちとの距離をずっと感じていたのかもしれない。しかし自分がそのことを指摘すれば周囲の者を困らせてしまうだけだと考えた彼は気づかないふりをしていたのだろう。だがしかし、今回の一件でそれも限界になってしまったのか。

 

「大丈夫、俺はティジを独りになんてしない。ずっと一緒にいるよ」
 それを証明するようにティジの体を抱きすくめる。やってしまった後で気付いたがシャツを越して彼の体温が伝わってきて、落ち着きつつあった鼓動がまた速くなる。
 少し気を抜くとすぐに彼を意識してしまう自分を『今はそんなことを考えている場合じゃないだろ』と心の中で叱責しながらティジに笑いかける。
 するとティジもホッとした様子で腕を回してきたのでこうして抱きしめたのは間違いではなかったようだ。ちょっと待て。それ以上くっつかれるとまずい。

「あれ?ルイ、顔赤くなって――」
 それまで何とか意識しないように踏ん張っていたが、入浴後のティジの体から香る石鹸の香りや彼の温かな体温、あと自分よりも小柄な体格に先日から悩まされている夢の内容を思い出してしまった。
 瞬時に耳まで赤くなったのが自分でも分かったので苦し紛れの策としてティジをより一層強くかき抱く。頭によぎった夢の中での彼の姿を振り払おうとするが、強く抱きしめたため今度は彼の腰の細さや伝わってくる心音に意識がいってしまう。

 

「ルイ。あったかいね」
 どうやらティジの気を逸らすことには成功したらしい。ルイが理性を総動員して己の欲望を抑え込もうとしているなど露知らずのティジはふにゃりと微笑んだ。

 


 言葉にするのって大事。それで伝えたいことがちゃんと伝わるかは別問題だけども。