25.萌芽-6

「俺は認められない」
 夜半。国王の私室にてクルベスからの報告を受けたジャルアは滅多に見せることのない気迫のある表情で言い放った。

 クルベスから今回の一件を聞かされた時、ジャルアは手にしていた万年筆を落とした。
 王位を継承した際に与えられる、彼の者が国王であることを示す証とも言える万年筆。日頃から大切にしているソレを取り落とすほどの動揺を示したジャルアは、キッとクルベスを睨む。

 

「お前としては甥の気持ちを応援したいんだろうけどな。だが……はっきり言うが俺だって自分の子どものほうが大切だ。……本音を言えばルイにはいますぐにでもティジとの接触を禁じたい」
 でもそれは出来ない。あの子の祖父も母親も亡くなった今、雷に怯えている状態のティジに寄り添ってあげられる人間はルイしかいないからだ。

 最善の落としどころとしては『ルイにはきっぱりと諦めてもらう』だったのだがクルベスはそう説得しなかった。ルイの意見を尊重し『その気持ちを抱えたまま、ティジと普段通りに関わっていく』という選択をしたのだ。

 だが実際はどうだ。話を聞けば、早速口を滑らせたと言うじゃないか。幸いにもその場では事なきを得たがこれではいつ弾けるか分からない爆弾をそばに置いているようなものだ。

 甥の気持ちを優先した負い目は感じているのか、クルベスはジャルアの視線から逃げるように目を伏せて口を開く。

「最悪の事態にはならないよう、これまで以上に気を張って見ていくつもりだよ。それにお前の言うとおり俺も二人の接触を制限することは考えた。でもそうするとティジが不安になる可能性が高いと――」

 

「分かってんだよ!そんなこと!!どうにもならない!『あの時』何も出来なかった俺たちにはどうすることもできない!――でもお前は視てないだろ!!」
 机に拳を叩きつけ、声を荒げる。その激昂にクルベスは押し黙った。

「あの子の悲しみも苦しみも……絶望も……!視てないからそう言える……っ!」
 口をつぐんだクルベスに捲し立てながら、ジャルアは自身の指先が白くなるほど強く握りしめた。

「俺が言える資格無いけどよ……でもずっと助けを求めてた……ずっと、ずっとずっとずっと!何度も何度も!『助けて』って……『誰か助けて』って……!俺やユリアや父上、お前の名前だって聴こえた!」
 怒りを乗せた声は次第に震えていき、過去に視た『あの子の姿』が、流れ込んだ『あの子の感情』がジャルアの脳内を埋め尽くしていく。

 

『ぼく……悪い子で、ごめんね』
 一度目の時に見た、全てを諦めたあの子の笑顔。

『じゃあなんで、助けに来てくれなかったの』
 二度目の時に言われたあの子からの問いかけ。

 あの子にあんな顔をさせてしまったのは、あんなことを言わせてしまったのは――『あの時』あの子を救い出せなかった、見つけてあげられなかった自分のせいだ。

 

「もう……あの子にあんな思いはさせたくないんだよ……」
 そう吐き出すと立ちすくんだままのクルベスの輪郭がぼやけ、瞳から伝い落ちた雫が机にシミを作った。

 もしルイにまで裏切られたら。あの子の心は完全に壊れてしまう。すでに砕けた物を無理やりくっつけて、かろうじて形を保てている状態なのだから。

 こうなるぐらいだったら『あの事件』をルイにも話しておくべきだった、と後悔しても後の祭りだ。
 今さら『あの事件』を話したとて、それによってティジへの態度が変わってしまう可能性だって考えられる。ルイのことだから決して憐れみの目を向けることはないと思うが、多少なりとも動揺は表れてしまうかもしれない。

 ルイの動揺を疑問に思ったティジがその原因を探り始めたら?
 万が一知ってしまったら――記憶が戻ったらどうする。

 

「違う、そうじゃない……お前を責めるのは間違ってる……お前だって知ってるのは分かってんのに……」
 深く息を吐くと、ジャルアは今にも溢れ出してしまいそうな激情や罵詈雑言を封じるように口元を手で覆った。

 クルベスは押収された映像をエディと見ている。俺はその映像を見られていないが、俺が視たものと大差ない……吐き気をもよおすような内容だとはクルベスと父上の様子からでも十分察しがついていた。

 こんなことをクルベスにぶつけても仕方がない。ただの八つ当たりだ。それにこいつだってあの子のことを考えて日々動いてくれているのは分かっている。

『あの事件』以降、エディと定期的に交わしている情報共有――ティジの経過報告と向こうの動向の確認も。エスタが『禁止事項』をおこなってしまうのを防ぐため、事前に釘を刺しておいたことも。雷の日にティジのそばにいてくれるようルイに頼んだのも。全てクルベスが動いてくれている。

 むしろ俺のほうが何も出来てないじゃないか。肝心の記憶には干渉できず、自分を慕ってくれるあの子に対して俺は『下手に記憶が戻ってしまわぬように』と言い訳をして逃げているだけ。

 

「くそっ、なんでこうなったんだよ……!」
 ジャルアはぐしゃりと髪を掻き乱すと忌々しげに吐き捨てる。

 あの子のそばで芽吹いたそれは、やがてあの子の心にまで根を張って、いずれ枯らしてしまうのではないか。

 そう憂慮するも彼らに打てる手はもう何も無かった。

 


 前回のお話で一緒に寝た二人……と見せかけて(というか案の定)ルイはほとんど寝られなかった様子。「恋い焦がれている人と同じベッドに入ってゆっくり眠れる奴なんているか」とのこと。ほぼ徹夜です。もちろんティジはぐっすり寝てる。

 ついでに言うとティジとルイは日頃からとても仲良くしていますが、そういうやり取りにおいてクルベスやジャルアが把握していない物は結構あります。今回の一緒に寝たこととか、第二章(18)『陽だまりと雨-2』での微笑ましいやつとか。