04.木の芽時-4

 昼時。教室を足早に抜け出したルイはある場所へと向かった。目指す先は校舎から出て少々歩いたところ、少し開けたスペースにベンチがあるだけの学園内でも穴場の休憩所だ。

 昼食は普段と同じように昼食を持たされているので脇道に逸れることなく足を進めていく。しばらくしてようやく目的地にたどり着き、ポツンと置かれたベンチに腰を下ろす。
 ルイは周囲を見回し、自分以外に誰もいないことを確認すると『ようやく落ち着ける』と大きく息を吐いた。

 

 授業中もシンはやたらとちょっかいを掛けてきた。最初は無視していたのだが何度も何度も「ねぇ騎士君」と呼んだり、トントンと肩を叩いてくる。
 あまりにもしつこいので仕方なく振り向いたら……するとどうだ、振り向きざまに奴はこちらの頬をつついてきやがったのだ。

 不愉快極まりない指は即座に叩き落としたがシンはそれから何か言うわけでも無く、にやにやヘラヘラと腑抜けた面で笑うだけ。
 その傍若無人な行いに対してルイは『こいつ、コレがしたかっただけなんだな。暇なのか?真面目に授業を受けようって気は無いのか?』と蔑みの目を向けるだけにとどめた。

 その後シンは「騎士君も同じことしていいよ」と頭がわいた発言をしていたがそれは聞こえないフリをした。いま思い返せばよく我慢したと思う。あの横っ面に握りこぶしをお見舞いしてやれば良かった。

 奴の蛮行を思い出していたら段々とムカっ腹が立ってきた。しょうもないことで苛立つのは時間の無駄なのでさっさと昼食を摂るとしよう。

 

 木漏れ日が射す中、心地好い春の風が髪を撫でる。
 ここならばシンも知らないはず、と踏んで来たがやはりここは落ち着くな。城の庭園にもこのようなベンチが置かれている一角があるが、そことは雰囲気が異なる。人の喧騒から少し外れた、自分だけの隠れ家のような印象というべきか。
 ティジもこの場所は大層気に入っていて、昼時にはここで過ごすことが定番になっていた。

 

 この休憩所はブレナ教師が教えてくれた場所だ。
 面倒見も良く、生徒からも慕われていて、自分たちのこともをよく気に掛けてくれた人だった。

 彼が自分の両親を殺めた事実は変わらない。拉致された自分たちを助けに来たエスタまでも手に掛けようとした。それらを無かったことにする事は出来ない。

 だが、この学園で彼と関わった時間まで消えて無くなるわけではない。自分は確かに彼を一教師として慕っていた。

 しかしブレナ・キートンはもうこの学園にいない。自分たちを拉致した件ならびに九年前の事件の実行犯として逮捕されたからだ。

 その事実に、胸にぽっかりと穴が空いたような寂寥感に苛まれた。

 こうした時は親しい者と言葉を交わしたり、一緒にいるだけで幾分か気が紛れる。
 いつもなら隣にティジがいる。
 でも今日は違う。独りだ。

 ルイは段々と気持ちが沈んできていることを自覚し『余計なことは考えるな』と自分に言い聞かせながら食事を進めた。

 

 少しして昼食を全て腹に入れると、制服のポケットから携帯電話を取り出す。
 この電話は今朝クルベスから手渡された物だ。学内では一人で行動することになるから何かあった時のために、と持たされたのだ。クルベスやエスタによって、すでにいくつかの連絡先が登録されている。
 使い慣れていないためルイは少々操作にもたつきながらも目当ての連絡先を見つけ、電話を掛けた。

 一回目のコールが鳴る。さすがにこの時点では出ない。むしろこの段階で出たら驚きを超えて少し引いてしまう。続けて二回目のコール……に差し掛かったところで繋がった。

 

「弟くぅぅうん……!大丈夫!?何かあった!?待ってて!すぐそっち行くから!」
「来なくて大丈夫です。『心配だから昼休みに一度電話して』って言ってたのはエスタさんのほうですよね?」
 ルイの指摘に電話の向こう側でエスタが「そうだった……!」と失念を反省する。その反応にルイは人知れず安堵の息を吐いた。

 この様子だと自分は普段通りに話せているらしい。先ほどまで少し気分が沈んでしまっていた、なんてことをエスタが知ったらすぐさま学校に迎えに来る可能性がある。そうなればまたシンが小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら茶化してくるに違いない。そしたら自分は確実に奴の鼻っ柱を折る。その自信だけはあった。

「今のところどんな感じ?本当に大丈夫?嫌なことされたり、怖い目に遭ったりしてない?」
「はい、特に問題は無いです」
 シンの無礼千万な態度を除けば、だが。こちらの返事にエスタは「それなら良かった」とホッと息を吐く。

 こう言っては何だが少々過保護では無かろうか。そこまで心配されるほど自分は頼りなく見えるのか?
 だがここでそれを聞いてもエスタを困らせてしまうだけだ。昼休みの時間は限りがあるのでさっさと本題に入ろう。

 そう考えたルイはモヤモヤとした感情を頭の隅に追いやり『ついでだから』という体を装って今朝からずっと気に掛かっていた事を問う。

 

「ひとつ聞きたいんですけど……ティジの様子はどうですか」
「んー?ティジ君?分かった、ちょっと待っててー」
 少しの物音。それからときおり他の人の声が耳に入る。どうやらエスタはどこかへと移動しているようだ。言われた通り待っていると扉が開ける音が聞こえた。

「クルベスさーん。ティジ君どんな感じです?」
「おぉエスタか。ティジの容体はー……さっき少し食事は摂れたな。今はまた寝てる。それ、ルイと電話してんのか?」
 クルベスの問いかけに「さすがご名答」とエスタの声が入る。今更だがわざわざクルベスのところまで確認しに行ったのか。

 

「弟くんのほうは今のところ何も問題は起きてないようです。クルベスさんからは何か伝えておきたいことってあります?」
「じゃあこれだけ。ルイ、なるべく人が多い場所にいるんだぞ。出来るだけ一人にはならないように」
 なぜ二人してこの調子なのか。心配性にもほどがある。ルイは内心呆れながら「なるべく気をつける」と生返事をした。

 というかその言いつけに従おうとすると、自分のいま居るこの休憩所なんて言いつけとは真逆を行く『自分以外は誰もいない場所』だが。
 特に今日は一人になりたくてわざわざこの場所を選んだのだし。もしかして『ルイならそんな行動を取るはず』と見透かして注意してるのか?

 


 シンはルイの頬をつついた時「ティジ君のほうが触り心地良かったな」と言おうとしましたが結局それは言わないでおいた模様。(シンがティジの頬を触ったくだりについては第三章(1)『喧騒-1』にて)
 もしそんなことを抜かせば次の瞬間にはルイに胸ぐらを掴まれていたのは確実。ブチギレ待ったなしです。