06.雪花-5

「レイジ!いたら返事をしてくれ!レイジ!!」
 何度も甥の名前を叫ぶクルベス。レイジが行方をくらましてからおおよそ一時間が経とうとしている。それでもこのやたらと広い王宮はまだまだ捜索しきれない。
 先ほど負った頬の傷が痛みを訴えるがそんなことはどうだっていい。レイジが無事に見つかるのなら、この傷が一生残ってもいい。
 そんなクルベスにジャルアが「おい」とねめつける。

「傷口開くからもう少し声抑えろ。衛兵から報告はないから外には出てない。この中にいるはずだ」
「そんなこと言ったって一刻も早く見つけないと!あの子、あの力ですごく悩んでたのに……!あの子に何かあったら、俺、俺……!」
 レイジはこちらの声も聞かずに駆け出してしまった。今の不安定な状態ではあの子がどんな行動に出るか分からない。
 最悪、自ら命を絶つ可能性だってある。

「あの子は自分のことよりも家族を優先する優しい子なんだ!みんなに何かあったらどうしようって、自分の力が怖いって泣いてたのに!俺がもっと強く止めてたら、あの子を不安にさせなければ……!」
「お前が泣いてどうする。泣いても何も解決しないだろ。さっさと涙拭け。いまのお前の顔を見たら、あの子もますます不安になるぞ」
「そのレイジが見つからないんだろうが!!」
「だぁああ!!もう分かったから!これじゃあ埒が明かない!ここでウダウダ言っててもしょうがないだろ!いいから黙って探す!」
 衝動的にクルベスの頭を叩きそうになったが、すんでのところでとどまるジャルア。自分たちが喧嘩している場合ではない。

 

「……クルベス」
 ジャルアの中で『いっぺん冷水に頭突っ込ませて、物理的に頭を冷やさせるか?』という考えが浮かんだ時、物陰から件の人物が姿を現した。
「――レイジ!」
 その姿を認識するや否やクルベスは体当たりする勢いでレイジに駆け寄る。レイジは驚いて声を上げたがそのまま突き放すこともなく、クルベスの腕に抱かれた。

「レイ、レイジ、レイジぃ……!よかった、レイジ……!」
 声を震わせてかき抱くクルベスにレイジはしどろもどろに手を彷徨わせる。
「怪我は!?どこか怪我してないか!?一人にしてごめん、俺がちゃんとしてれば……お前にあんな思いさせなかったのに……!」
「怪我してないから……それに勝手に離れたのは自分だし……」
 ごめん、と何度も謝る様子にレイジはたじたじになった。

 

「……ごめんなさい」
 クルベスがようやく落ち着いた頃、レイジは消え入りそうな声で謝った。
「なんでお前が謝るんだ……っ、お前は何も悪くない」
 目を真っ赤にさせたクルベスがそう声を掛けるもレイジは眉尻を下げて首を振る。
「やめろって言われたのに……勝手に動いて、怪我もさせた……一人で勝手に離れちゃった」
 ギュッと裾を握るレイジ。やはり罪悪感があるのか先ほどからクルベスの目を見ようとしない。

「怪我させたり、ひどい事いっぱい言って……ごめんなさい……っ」
 ポロポロと涙をこぼす。その雫は地面に落ちていく。クルベスはそんなレイジをかき抱き、髪をすくように撫でた。

 

「こんなのすぐ治るしお前にひどい事言われたなんてこれっぽっちも思ってないよ。俺のほうこそごめんな。お前が一番不安で怖かったのに、ちゃんと分かってなかった」
 レイジの涙を拭う。それはクルベスの手を濡らしていった。
「俺は何があってもお前から離れたりしないよ。怖いとか不安な時はこうしてギュッてする。お前が一番大事。俺だけじゃない、セヴァもララさんもみんなレイジのことを大切に想ってる」
 クルベスの言葉におずおずと視線を上げるレイジ。ようやくその深い青の瞳と目が合った。

「一番大事なお前の身に何かあったら。それは俺たちもすごく怖いって思ってることなんだ。だからそうならないよう、みんなで考えていこうとしてる。だからレイジ、大丈夫だよ」
 その言葉でレイジはホッとした様子を見せたものの「あ、でも……」と口ごもる。やはり具体的な解決方針を示されないと不安なのだろう。

 

「そのことで……えっと……」
「もうすぐサフィオじいさんも来る。あの人はすごく賢くて色んな事を知ってる。それに今日はその人に話を聞きにここに来たんだ」
「いや、えっと……体のことで……多分もう……」
 もごもごとハッキリしない物言いのレイジ。そのまま続きを待っていたクルベスであったが、そこへ件の人物――サフィオ・ユゥ・レリリアンが姿を見せた。

「すまない。ちょっと立て込んでいて……その子が例の?」
「あ、はい。俺の甥のレイジ・ステイ・カリアです」
 クルベスに紹介されてレイジは慌てて顔を拭いてペコリと頭を下げる。『こんなみっともない顔見せちゃいけない』とゴシゴシと目元を擦るレイジにサフィオは「こんにちは」と声をかけた。

「あの子のお子さんか。あ、セヴァくんは元気にしてる?彼も来たら良かったのに」
「おかげさまで……」
 そんなことをしたら腫れてしまう、と目元を擦るレイジを止めながら、サフィオに返事をするクルベス。
 サフィオはセヴァが同行しなかった理由も分かったうえで言っているのだろう。セヴァからするとジャルアの父であるサフィオには顔を合わせづらいことこの上ない。一方でサフィオは当時のことを『お兄さんが盗られちゃったって思って嫉妬してるんだろうね』と怒った様子もなく、むしろ笑って話していたが。

 

「そう。そんなことに……」
 ジャルアとクルベスから説明を受けたサフィオはしばし考え込む。レイジに魔法を実演させなかったのはあの子の体を気遣ってのことだろう。
 サフィオは時間が経過して溶けかけている氷とレイジの様子に目を通し、口を開く。

「こちらで少し調べておきたい。また明日この話の続きをする、というのはできるかな」
 そう告げて全員に確認を取る。そのことにレイジは不満を見せることなく頷いた。
 クルベスとしてはこのまま一日置くというのは大変もどかしかったが『サフィオじいさんはレイジをないがしろにするような人ではないはず』と言い聞かせて、今日のところはこれでお開きとなった。

 


『第二章(14)新たな居場所-4』でも冷静さを失った様子でルイを探し回っていたクルベスさん。『もし自分の手の届かないところで危険な目に遭っていたら』ということがとても怖いのです。