11.新たな居場所-1

「ルイ、来週ここを出るぞ。お医者さんからも許可がおりた」
 その日どこかに出掛けていた伯父さんは帰ってくるなり、そう言った。
「お前、よく許可おりたな」
 伯父さんのお友達で警備隊のエディさんが驚いた顔で伯父さんを見てる。
「あぁ、こっちが言う前にジャルアが既に許可取ってくれてた」
「相変わらず突拍子もないことするな。あの人」
 エディさんは困ったように笑っているけど、伯父さんは「感謝してもしきれない」って言って嬉しそうにしている。どうやらジャルアさんという人は二人の知り合いみたいだ。
「ここを出て、お家に戻るの?」
 あの家にいるのはもう無理だ。何でか分からないけど、お家のことを考えただけで泣きそうになってしまう。
「いいや、いま伯父さんの住んでるところに行く。言っただろ、これからはずっとそばにいるって」
 そう言って、いつもするみたいに大きな手でぼくの頭を撫でてくれた。

 

 ――数日後、車中にて。
「ルイ、車酔いとかしてないか」
「うん、大丈夫」
 伯父さんは運転しながら、時折となりに座るぼくに声をかけてくれる。車の中が静かだと緊張してしまうからそうしてくれることに少しホッとした。
「これから行くところって、どんなところなの?」
「見たらびっくりしちゃうぐらいすっごく広くて大きいお城だよ。そこにルイと同じ年の子がいるんだけど、しょっちゅう迷子になるくらい」
 伯父さんは笑って話してるけど、そんなに大きいところだと聞かされるとぼくも迷子になったらどうしよう……と不安になってくる。

「あ、でも伯父さんは城の中のこと詳しいからそんなに心配しなくても大丈夫だ。もしルイが迷子になってもすぐに見つけられる自信はあるぞ?それに、今言った『しょっちゅう迷子になる子』は何でか迷子になりやすいってだけだから」
 迷子になりやすい子っているんだ、と口にすると伯父さんは「まぁ、あそこまでいくと一種の才能って言えるな」と笑いながら言った。
 ぼくはいままで一人で外に出たことなんてなかったから迷子になったことがない。いや、一度だけ一人で出掛けたことがあった。前にお兄ちゃんの学校に一人で行ったことが。
「……ルイ?気分悪いか?」
「っ、……ううん、平気」
 その時のことを思い出して胸がギュッとしたけど、伯父さんの問いかけには首を振って答えた。

 実のところクルベスはルイが家族のことを思い、心を痛めていることには気付いていた。だがここで下手に励ましや慰めの言葉をかけてしまうとその悲しみを増長させてしまうことになってしまうため、あえて気付いていないふりをしたのだ。

 伯父さんのほうを見られなくて、窓の外に目を向けた。こっちのほうはあまり行ったことがなかったけど人がたくさんいる。
 みんな楽しそうだなぁ、と思いながら見ていたら、男の人と目が合った。途端にあの日のことを思い出して、息が苦しくなる。

 違う。今見たのはあの怖い人じゃないのに。でもどんどんその周りにいる人が、全部あの怖い人に見えてくる。
 違う。違う。ちがう、のに。

 涙がポロポロと出てきて、息ができなくて顔を下ろした。
「ルイどうしたんだ!?」
 伯父さんの声が聞こえるけど、頭をあげられない。
「あぶな、から……っ、ぼくのこと、きに、しない、で……っ」
 息も切れ切れに何とか声を出す。伯父さんはいま車の運転をしているから、ぼくなんかに構ってたら危ない。
「でも……それならどこかで休憩しよう。それだったら……」
「ううん……はやく、ここから離れたい」
「……分かった。休みたかったらすぐに言ってくれよ。時間には余裕があるから」
 伯父さんの言葉にうなずいて応える。
 伯父さんをこんなことで心配させてしまったことに申し訳なくなり、目をぎゅっとつむって心の中で『ごめんなさい』と呟いた。……はやく、元気にならなきゃ。

 

「ルイ、着いたぞ」
 伯父さんの呼び掛ける声に目を開く。
「動けるか?無理そうなら……」
「ううん、だいじょうぶ。一人で動ける」
 俺が抱えるからと言いかけた伯父さんの声を遮った。……まだ心臓がどきどきしている。

 車から降りて、顔を上げる。すると――
「わ、あ……」
 おとぎ話で見るような、おっきなお城に思わず声が出た。
「今日からここがルイの新しいお家。どうだ、びっくりしただろ?」
「うん、すごい……本当にお城だ」
 伯父さんも初めて来たときには驚いたよ、と懐かしそうに言う。
「実は一回だけ来たことがあるんだけど、覚えてるかな」
 そんなことあったっけ?全く記憶になかったので首を横に振った。
「まぁ無理もないか、結構バタバタしてたし。あの時ルイが迷子になって慌てたんだぞ?」
 その時のことを思い出したのか伯父さんは少し困ったように笑った。車の中の会話で『もし迷子になったらどうしよう』と思っていたが、すでに一度迷子になっていたらしい。
「さてと、そろそろ行こうか。ルイには色々紹介したい人がいるからな」
 これから忙しくなるぞ、と明るく言ってぼくの右手を握ってくれた。
 いつの間にか、心臓がどきどきしていたのも治まっていた。

 外だけでなく中も広い廊下を手を繋いで歩く。時々衛兵さんとすれ違うので、少し怖くなって伯父さんの背中に引っ付きながら顔を俯かせて歩いていると。
「あ、クーさん!」
 前方から元気な声が聞こえた。
「おぉティジ。偶然だな」
「この本、書庫に返そうと思ってたんだ。クーさん帰ってくるの今日だったんだね」
「……ティジ。こっちは書庫と逆方向だぞ」
「あれ、そうだっけ?何でだろ」
 聞きたいのは俺のほうだ……と伯父さんはため息をつく。
「ん?クーさん。その子もしかして……」
「あぁそうだった。この子がルイだ。前話してただろ?……ルイ、この子に挨拶できるかな」
 そう言われ、少し緊張するけど伯父さんの後ろから歩みでた。

 伯父さんと親しそうに話す目の前の子。その子は白い髪に赤い目の、ぼくと同じくらいの背をした男の子だった。
 いままで見たことのない、きれいな色をしたその姿に呆気にとられる。
「ルイ?」
「あ……ルイ、えと……ルナイル・ノア・カリアです。よろしく、お願いします」
 伯父さんに呼ばれ、慌てて自己紹介する。
「僕はティルジア・ルエ・レリリアン!これからよろしくね」
 ヒマワリみたいな明るい笑顔で元気よく差し出された手と握手する。

「気軽にティジって呼んでやってくれ。そのほうが呼びやすいだろうし」
 伯父さんの言葉に頷く。
「それでクーさんたちはこれからどこ行くの?」
「ジャルアのところ。とりあえず挨拶はしておかないとな」
「僕も行く!」
 ティジは間髪入れずに身を乗り出してきた。
「ついてきても面白いことなんてないぞ?」
「でも父さんと会うんだよね?なら僕も会いたい!」
 すごく目をキラキラさせている。ジャルアさんはティジのお父さんってことかな。

「……また迷子になられても困るしな……分かった。一緒に行くか」
 あごに手を当て、少し考えたのち伯父さんはそう返した。
「やった!じゃあ僕も手ぇ繋ぐ!」
「あいにくと定員オーバーだ。そうだ、ルイと手を繋いでてくれるか?……ルイ、いいかな」
 右手にカバン。左手はぼくと手を繋いだ伯父さんはぼくのほうを見る。見た感じティジはぼくと同じくらいの年の子だから怖くはなかったので頷いた。ぼくの右手は伯父さんと、左手はティジと繋いだ。
「そうだ、こんど僕がお城の中を案内するよ。いろんな場所があってすっごく広いんだ!」
「やめとけ。ルイまで迷子にする気か」
 ほんっと懲りないやつだな、と伯父さんは再びため息をついた。

「おかえり。約一週間ぶりだな」
 沢山の書類が置かれた机の向こうで、茶色い髪の人は伯父さんに声を掛ける。その人がジャルアさんと言う人らしいけど、見た目はお兄ちゃんと同じくらいの年にしか見えない。
「きみがルイ君?」
 ティジのお父さんにしては若い人だな、と不思議に思っているとジャルアさんの顔がこっちを向いた。

「ようこそ、我が城へ。今日からきみもここに住むことになるが、分からないことがあったらクルベスに気軽に聞いてくれていいから」
 伯父さんを指しながら、ニッと口の端を上げる。
「お前もちゃんと応えろよ。この城の主なんだから」
「俺は忙しいからどっちにしろお前が応えることになるだろ」
 まぁその通りなんだけどさ……と伯父さんはぼやく。
 後で聞いた話、ジャルアさんはこの国の王様だという。つまりティジは王子様ってことになる。失礼かもしれないけど、二人とも王様や王子様っぽくないなと思った。

「それでティジはどうしたんだ?」
 ジャルアさんはぼくの隣で嬉しそうに身体を揺らすティジを見つめる。
「僕も父さんとお話したいなって!……だめ、かな?」
 ティジは少し不安そうな様子で指先をいじる。
「ダメなわけないだろ。いいぞ、久しぶりにお話するか」
 それを聞くとティジの表情は輝き、先生と交わしたこの国の歴史についてのお話をし始めた。とても楽しそうに話すティジを見ているとこっちも何だか明るい気分になってくる。お話の内容は難しくてほとんど理解できないけど。
「ティジは勉強っていうか新しいことを知るのが好きなんだ。一緒に勉強するときは色々教えてくれると思うぞ」
 ティジとジャルアさんがお話するのを眺めていると伯父さんがそう耳打ちしてきた。

 これから自分の知らない新しい日々が始まると思うと少しの不安と、それを上回る期待にまた心臓がどきどきした。

 先ほどとは違う、心地好い胸の高鳴りだった。

 


時系列としては前回から引き続き、ルイのお話です。新しい環境ってドキドキします。