12.新たな居場所-2

 ――その日の夜。
「ルイ、熱くないか」
「うん、大丈夫」
 伯父さんへの返事をするとその声は浴室の壁に反響した。先に体を洗ってもらったぼくは丁度いい温度のお湯で満たされた浴槽に入っていた。体も一人で洗えると言ったが「体の調子も見ておきたいから」と言われたので、少し恥ずかしかったけどされるがままにしておいた。

 誰かと一緒にお風呂に入るのなんて久しぶりだ。初等部入学を機にお兄ちゃんと一緒に入るのはやめたからそれ以来か。あの時はお兄ちゃんが確か『ルイも、成長したんだな……』って言ってくれて嬉しかったな。お兄ちゃんはなんでか泣きそうになってたけど。
 ……どうしよう、お兄ちゃんのことを思い出したらまた泣いてしまいそうだ。いま泣いたら伯父さんを心配させちゃう。だめだ、我慢しないと。
「ルイ、やっぱり熱かったか?」
「っ、ううん、何でもない平気」
 顔を見られまいと、慌てて首を横に振って応える。『熱かったか』に対して『何でもない』というのはおかしな答え方になってしまったけど、伯父さんはそれ以上何も聞いてこなかったので上手く誤魔化せたと思う。

「じゃあ俺もそっち入ろうかな……っと、やっぱり二人で入ると狭いな」
 ぼくを後ろから抱きかかえるようにして、伯父さんも湯船に浸かる。当たり前だけど、伯父さんの体っておおきいなぁ。
「そりゃあルイよりずっと年上だからな」
「へ?」
 こちらの心を読んだかのような発言にすっとんきょうな声が出る。そんなぼくをおかしそうに笑う。
「声に出てた。でもルイは俺ぐらいまでは大きくならなくていいと思うぞ」
 背がデカすぎるのも結構不便なもんだからなー、とおどける。確かにお父さんも「伯父さんは他の人よりちょっと背がおっきいんだよ」って言ってたけど……。
「でも、ぼくも伯父さんみたいに背ぇ高くなりたいな」
 背が高いってすごく格好いい感じがする。だって伯父さんは格好いいから。

「背が高くなったら女の子と間違えられることもなくなると思うし。それならぼく、そっちのほうが良い」
 きっとぼくの背が小さいからよく女の子に間違えられているんだろうな。ぼくよりうんと背の高いお兄ちゃんはそんなこと言われているの見たことが無かったもん。
「……まぁ少しは減る、かなぁ。でもルイはそのままでいいと俺は思うんだけどなー?」
 伯父さんは笑ってるけど少し納得いかなかったので「ぼくも伯父さんみたいにかっこよくなりたいのに……」とむくれた。

 ルイの背が高くなりたい理由を聞いたクルベスは言葉を濁したものの、『いや、可愛らしい容姿しているから間違えられてるだけだ』とは言えなかった。自分と同じくらいの身長をしたティジのことは女の子だと勘違いしなかったのに、なぜルイはそのことに気付けないのか不思議でならない。
 レイジと同じように自分の容姿に無自覚なまま成長しそうだな、と不安の種は尽きないがルイに『俺みたいに格好よくなりたい』と言われたのでまぁ、いいかと思ってしまう。油断すると頬が緩みそうだ。
「伯父さん?」
 おっといけない。ルイが黙り込んでしまった俺を見ている。

 どうしよう、伯父さん何も言ってくれない。何か嫌なこと言っちゃったかな。お兄ちゃんもぼくが他の人に『ぼくのお兄ちゃんは格好いいんだよ』って自慢するとよくこんな感じになってたし……。
「そんな顔しなくても大丈夫。ルイは嬉しいこと言ってくれるなーって思ってただけ。ありがとな」
 色々な考えで頭をぐるぐるさせていたら、伯父さんはぼくを安心させるように頬に手を添えた。

「伯父さん、嬉しくなって変な顔になっちゃいそうだったんだ。ルイにそんな格好悪いところ見せられないからちょーっと黙っちゃっただけ」
「伯父さんは格好悪いとこなんてどこもないよ」
 優しく笑いかけてくれる伯父さんは、いつだってお兄ちゃんと並ぶぼくの憧れだ。
 すると「またそういうこと言って……」と伯父さんは口元を手で隠してしまった。
「……伯父さんが眼鏡かけてないの初めて見た」
「あれ、そうだったか」
 そういえばと思い、伯父さんの顔を見る。伯父さんは居眠りとかすることも無かったから、自分が見たことあるのは眼鏡を掛けた姿だけだ。お父さんみたいな優しい感じの目元とは少し違う、キリっとした黒い瞳をまじまじと見つめる。
「目、悪いの?」
「少しだけな。別に無くても普通に生活できるけど仕事で小さい文字が沢山書かれた書類とか見ることが多いから。いちいち掛けたり外したりするのが面倒くさくてずっと掛けてるって感じかな」
 伯父さんも面倒くさいって思うことあるんだ、意外。眼鏡外してても格好いいなぁ。

「あ、そうだ。伯父さん一つ聞きたいことがあって……その、今日会った……えっと、ジャルアさんって何歳なの?」
 お昼に会ったティジのお父さんだというジャルアさん。ぼくのお父さんや伯父さんよりもずっと年が下に見えるのが不思議でしょうがなかった。
「ん?あいつは俺と同じ。今年で36歳」
 伯父さんは深く考えること無くすぐに答えた。
「でも、そうは見えない……」
 どう見てもお兄ちゃんと同じくらいにしか見えない。世の中には若く見える人がいるっていうけど、さすがにちょっと若すぎるような気がする。
「あー……、あいつのことは話すと結構長くなるからまたいつか話すよ。ルイも今日は色んなことあって疲れただろ。それよりほら、そろそろあがらないとのぼせちゃうぞ」
 伯父さんは少し気まずそうな顔をした後、ぼくをお風呂から上がらせた。ジャルアさんと何かあったのかな。お昼に見た感じだと仲は良さそうだったけど……。

 体を拭くとき、伯父さんはぼくの腕をじっと見ていた。右腕に縦に走る一筋の線。あの日、切りつけられた傷の痕だ。もう痛くないし腕もちゃんと動かすことができるのに、伯父さんはどこか苦しそうな顔でその傷を見ていた。ぼくが見ていることに気が付くと「ごめん、はやく服着ないと体冷やしちゃうな」と言って笑った。
 この傷が消えることはおそらく無い。お医者さんからはそう言われていた。

 寝る準備を整えてベッドに入る。今日は伯父さんと同じベッドで寝ることになった。
「病院では怒られるからできなかったけど、どうだ。そっち狭くないか」
 伯父さんのほうが体が大きいから狭いと思うはずなのに、ぼくを気遣う。
「大丈夫、でもぼく一人で寝られたのに……」
「二人でくっついて寝たほうが温かいだろ。体冷やして風邪でも引いたら大変だからな」
 そう言ってぎゅうっと抱き締めてくれた。確かに伯父さんの言う通りとても温かい。怖い夢を見た日にもお兄ちゃんがこうして一緒に寝てくれたことを思い出して、また胸のあたりが苦しくなってしまう。
 我慢しないと。心配させちゃダメだ。
 心の中で自分に言い聞かせ、唇をグッと噛んで堪えようとしたら伯父さんの指先がぼくの口元に触れた。

「そんなに噛んだら唇切れちゃうぞ。……実はな、お風呂に入っているときルイが泣きそうになってたの気付いてたんだ」
「え……」
 上手く誤魔化せていたと思ってたけどそうでは無かったのか。伯父さんは片腕でぼくを抱きしめたまま続ける。

「でもあそこで泣いたらのぼせちゃう可能性もあったから。だけど、ここならその心配も無い」
 口元に添えられていた伯父さんの大きな手がぼくの頭を撫でる。
「新しい場所でいままでとは全く違う生活になるけど、無理して我慢しようとしなくても良いんだ。ルイはまだ小さいんだから、抱えきれないものはルイよりうんと大きい伯父さんが全部ルイと一緒に抱えてやれる」
 そう言って伯父さんは目を細めて笑いかけてくれた。その笑顔が、怖い夢を見たときに一緒に寝てくれたお兄ちゃんみたいに見えて。
「でもぼく、伯父さんにめいわく……かけたくない、かけられない……っ」
 なんでだろう。涙が出てきた。どうしよう、伯父さんを心配させたくないのに。これ以上迷惑かけちゃいけないのに。

「迷惑なんかじゃないよ。苦しいときは苦しいって言っていい。泣きそうなときは素直に泣いていいんだ。伯父さんもルイの家族なんだからいっぱい甘えて、頼っていいんだよ」
 優しい声に、温かい手に涙が止まってくれない。病院で沢山泣いたはずなのに。どこも痛いところなんてないのに、どうして。
「……ルイはよぉく頑張った。大丈夫。もう絶対離さないから」

 その言葉が嘘ではないというように今一度両手で抱きしめられる。服を越して伝わる心音につられるかのように涙がとめどなく溢れて止まらなかった。

 


ルイにとってクルベスは身近にいる頼れる大人。それは16歳になっても変わらず。(色々ちょっかいかけてくるのはどうかと思うけど)
ついでに言うと現在のルイは綺麗な感じの顔立ちに成長しました。小さい頃みたいに女の子だと間違えられることは無くなったけど、それでも伯父さんの心労は絶えません。

補足しておくとクルベスは心を読んだりなんてしてないです。(そんな魔法は持ってない)よく人を見てるだけ。クセみたいなものです。