18.お出かけ-2

 久しぶりの外出。平日だから人でごった返しているわけではないがそれでもほどほどに人はいる。
 手を離したら迷子になってしまいそうだ、と繋いでいる手を握りなおしたルイにクルベスが問いかけた。

「ルイは行きたい場所はあるか?ルイの誕生日、ちゃんと祝ってあげられてなかったから何でも言っていいぞ」
「え、そうだっけ?」
 確か先日『お誕生日おめでとう』と言われてプレゼントも貰ったような……と首を傾げるルイ。

「この間のはルイに『何が欲しい?』って聞かずに選んじゃったからな。だから今日はルイが欲しい物をあげたいんだ」
 とは言われてもそのまま自分の要望を言うのは気が引ける。
 そう思ったルイは『ティジはどこに行きたいかな』とクルベスを挟んで反対側にいるティジに顔を向けた。しかし予想に反してティジは非常に大人しい。
 こういう時ティジならば真っ先に駆け出していきそうなものだが何故か大人しくクルベスと手を繋いでいる。ティジの様子を見ようにもフードを目深に被っているのでよく見えない。
 しきりにフードの端を引っ張って……心なしか自分の顔を隠しているように見えた。

 

「ティジ、どうしたの?」
「え、あ……っ、ちょっと日差しが眩しくて……。えっと、昨日楽しみで夜更かししちゃったからかな」
 ニコリと笑顔を見せる。でもその笑顔も普段見ているものと比べて少しぎこちない。

「二人とも特に行きたいところは思いつかないみたいだな。じゃあちょっとあのお店にでも入ってみるか」
 クルベスが会話に割って入り、近くの雑貨屋を指した。平日の昼だからか店内は人の姿は少ない。しかし店内に入った途端、ティジのまとう雰囲気が少し和らいだ気がした。

 ◆ ◆ ◆

「それがいいのか?」
「うん。学校で使えるから」
 クルベスにそう返事をするルイの手には筆記用具やノートなどがまとめられた袋が。
 てっきりクマのぬいぐるみかクッキーなどのお菓子を欲しがるかと考えていたのだが……実用性のある物を選んだことに『もしかしてまだ遠慮しているのだろうか』と少し心配になる。

 それはそうとティジが勝手に店内を歩き回っていることにはヒヤヒヤさせられる。
 外では大人しく手を繋いでいたのに屋内となると周囲の人の目が減るからだろうか。好奇心旺盛なティジは多種多様な雑貨小物を興味津々に見つめていた。

 クルベスが適度に呼び戻すがすぐにあっちへフラフラ、こっちへフラフラ。黙って行動されるのが一番困る。
 本人としては『ちょっと隣りの棚も気になったから』という軽い気持ちで動いているのだろうが、そんなことを考えているなんてこちらは分からない。
 そして少し気になる物があったら持ってきて見せてくるのだ。

 

「クーさん、見て。アイス用のスプーンだって」
 ティジは小さなスプーンを持ってきて「こんなのあるんだぁ……」と呟く。
 だがティジは別に欲しかったわけではなく、ただ単純に物珍しかったから手に取っただけのよう。そのまま惜しむ様子も見せずにアイス用スプーンを元の場所に戻しに行った。

「クーさん!本!ブックカバー!これファスナーが付いてる!すごい!」
「あぁ、うん。凄いな。それが欲しいなら買ってあげようか?」
 そうするとティジは『いいの!?』と興奮気味に聞いてきたので頷いた。アイス用スプーンとはテンションがまるで違う。
 ティジの熱弁によると『これだとカバンに入れてもページが折れたり汚れたりしないから凄い』のだとか。その後も、文庫本のようなデザインのブックカバーにも興味を示していた。

 

 

 さて、ほどほどに歩いたから休憩も兼ねて近くのカフェに立ち寄ることにした三人。
 このカフェはバゲットサンドが人気らしく、三人ともそれを頼むことにした。

 皆一様に同じ物ではなく、ティジはバジルとチキン、ルイはたまごサラダとハム、そしてクルベスはとりあえず『おすすめ』と書かれていたエビとアボカドのサンドを注文する。

 注文をしている傍らでルイはカウンターの上にあるメニューボードを目で読んでおり、その一方でティジはどこかのパティシエと共同制作したチョコレート用ナイフとやらをまじまじと見つめていた。
 ティジは雑貨屋でのアイス用スプーンの反応とは違って、こちらに関してはいつまでも関心の目を向けている。クルベスからすると『なぜチョコレート用ナイフにはそんなに興味を持つ?アイス用スプーンとそんなに変わらないと思うんだが』と不思議でしょうがない。

 

「ルイ。顔にたまご付いてるぞ」
 クルベスはそう言いながら口の端をテーブルナプキンで拭く。そうやって拭かれながらルイは先ほどの出来事を思い返した。

「伯父さん、ぼくってみんなからどう見えてるのかな」
「急にどうした?」
 聞き返したクルベスにルイは「だってさっきのレジで……」と目を伏せる。
「……『お嬢さんはどれにする?』って言われた」

 ルイが少し不服そうにこぼしたその言葉。それは会計時の出来事。
 現在このカフェでは来店した子どもにお菓子をプレゼントしているキャンペーンをやっているらしく。バスケットから一つだけお菓子を取るのだが、その時に店員から『そちらのお嬢さんはどれにする?』と言われたのだ。

 

「あー……そうだな。まぁ、うん。ルイはセヴァやララさんに似て綺麗だからな。もしかしたら勘違いしちゃったのかも」
 本当は『ルイが綺麗で可愛らしい容姿をしてるから』と言おうかと思ったがそこまではっきり言うのも気が引ける。しかしその説明では納得していない様子のルイはティジのほうに視線を向けて告げる。

「でもティジも綺麗だよ?おめめも髪もキラキラで妖精さんみたい」
 ルイの発言を耳にしたティジはむせてしまったようでゴホゴホと咳き込む。その顔が赤くなっているのは『むせたから』という理由だけではなさそう。

 ティジがここまで照れているところなんて初めて見た。クルベスはそう目を丸くしながらティジの背中をさする。
『好意を直球に伝えられると流石に動揺すると思うぞ……?もう少しオブラートに包んだほうがいいんじゃないか?』と思案する彼の言動こそ、まさしくその『直球に好意を伝えている』のお手本なのだが、果たしてそれに気づけているのだろうか。

「二人とも、あと他には行きたい場所ってあるか?」
「ぇほ……っ、と、じょがん……」
 まだ少し苦しげに咳き込みながらも「図書館に行きたい」と言うティジ。そんなティジを心配そうに見ながらルイは「ぼくは特に行きたいところは無いからどこでも良いよ」と返した。

「それじゃあ図書館に行こうか。とりあえずティジ、いったん水飲め」

 


 今回ちらりと出てくるチョコレート用のナイフ。実は本当にある代物です。世界って広いですね。