19.お出かけ-3

 図書館に足を運んだティジたち一行。
 やはり好きな物に囲まれていると心が落ち着く。今日訪れた場所の中で一番のびのびと過ごせている気がするな、とティジは顔を綻ばせた。

 高いところにある本はクルベスに取ってもらい、ティジが抱えている本の総重量はどんどん増えていく。貸出上限である十冊はとうに超えているので、非常に心苦しいがこの中から何とかして十冊選び抜かないといけない。

 どうやら向こうのほうに少し座って読書できる休憩スペースがあるみたいだ。そこで少し読んでからどの本を借りるか決めようかな。

 そう考えて休憩スペースの方向に顔を向ける。ぱちくりと瞬き、そしてコテリと小首を傾げた。

 この風景に見覚えがある。
 なんでだろう。もっと前にもここを訪れたような気がする。でもこの休憩スペースは使ったことは無かったはず。

 

「ティジ」
 クルベスの声で宙を漂っていた意識が戻る。
「とりあえず今日のところは適当に十冊選べ。その他の本はまた今度来た時に借りよう」
 じゃないと閉館時間まで居るだろ、とクーさんに言われてしまう。自分でも『たぶんそうなるだろうな』と思ったのでクーさんに促されるまま、休憩スペースから立ち去った。

 去り際にやはり先ほどの既視感が気になって、チラリと休憩スペースを見やる。

 ここには誰かと来たことがあった気がしたけど……気のせいか。じぃじがよくお外のお話をしてくれたから行った気になってたのかも。

 ◆ ◆ ◆

 図書館で過ごした後。
 ティジも随分と楽しんだのはルイの目から見ても明らかだ。その足取りはとても軽やかで、まるで原っぱで無邪気に遊ぶ子うさぎのよう。貸出上限いっぱいまで本を収めた手提げはほどほどに重量もあるはずなのに、その重さを感じさせないくらい軽やか。

 このまま帰ったらすぐに部屋にこもって借りた本を読みふけるのは容易に想像がつく。読み終わったら本を返却しにまた図書館へ行く必要があるから、次のお出かけはそう遠くないうちになりそう。

 ルイは次の予定がすでに待ち遠しくなって図書館を振り返る。その時――見覚えのある姿が目に入った。

 気がついたら地面を蹴って、その人物がいたところまで駆け出していた。されども自分がたどり着いた時にはその姿はどこにも無く。

 

「エっちゃん……?」
 息を切らしながら先ほど見かけた人の名を呼ぶ。

 兄の同級生で、友達で、年が離れた自分にも優しくしてくれていたあの人。
 でも今しがた目にした人は、ひどく暗い顔をしていて。自分が知っている朗らかな笑顔を見せていたあの人とはまるで雰囲気が違っていた。

 そういえばあの人は事件のことは知っているのかな。お父さんとお母さんが死んじゃって……お兄ちゃんがどこかへ消えてしまったあの事件のことを。

 あの人にはあの事件があった日から会えていない。兄が通っていた中等部に行けば会えるかもしれないが……そんな気は起きなかった。

 今更あの人に合わせる顔がない。それに事件のことを知ったら『お前のせいだ』って言われるかもしれない。……そう言われて当然か。自分の浅はかな行動のせいであんなことが起きたのだから。

 これ以上探さないほうがいい。むしろ会ってしまう前に早くここから離れよう。

 

 そこでようやく気付いた。
 ――クルベスとティジの姿が見当たらない。

 いや、はぐれたのは自分のほうだ。見知った人の姿を見て、脇目もふらずに駆け出したのは自分。

 ルイは焦燥感に襲われながらあたりを見回すが、夕方だから人も多くて二人を見つけることができない。

 通行の邪魔になっちゃいけない、と端に寄って壁に背を預ける。通りを行き交う人の流れに目の前がクラクラしてしまいそうだ。

 お城だったらそもそも迷子になることもないし、自分が住んでいる場所だから一人でいてもそこまで不安にならない。
 だけどここはお城の外だ。知らない人ばかり。近くにいる人にクルベスやティジのことを聞いても『分からない』と返されるだけだろう。

 こんな時はどうしたらいいのだろう。伯父さんは確か電話を持っていたはず。じゃあそれに電話を掛ければいいのかな。外で電話を掛けるにはお金がいるんだっけ。そもそもどこから掛ければいいの?電話が見当たらない。

 思わず歩き回って探そうとするが、以前クルベスがティジに『自分がどこにいるか分からなくなった時、当てずっぽうで歩き回ったりしないこと』と注意していたのを思い出す。
 どう行動するべきか。ここでジッとしているのは正解なのか。不安に押し潰されそうになりながら俯いていると。

 

「きみ、どうしたの?」
 心配してくれた人が声を掛けてくれたようだ。恐々と顔を上げて言葉を詰まらせているとその人は首を傾げた。

「もしかして迷子かな。お父さんとお母さんは?」
 何か話そうと思っても声が出ない。頭の中にある言葉は声にならず、空気を吐き出すだけ。

 迷子になってしまった不安と緊張からか目の前の大人が次第に形を変えて、自分と家族を襲った『怖い人』に見えてくる。

 いま話しかけてくれている人はあの『怖い人』とは違う人なのに。
 目が、そこだけ穴が空いたみたいに黒く呑み込まれてしまいそうな――

 

「ルイ!よかった、ここにいたんだ!」
 そこへ割って入って来た明るい声。それとともに握られたティジの手の温かさに意識が引き戻された。

「ごめんなさい。僕たち、お父さんとお出かけしてたんですけどいつの間にかはぐれてちゃって……」
 突然割り込んで来た子どもにどう対応したらよいか迷っていた大人に、ティジはサッと向き直る。それとなくティジは自身が半歩前に進み、ルイと大人との間に立つように歩み出た。

「ありがとうございます。でもすぐそこで待ち合わせしているので大丈夫です」
 おそらく「保護者と合流できるまで一緒についていようか?」などと言われたのだろう。
 しばらくして、ティジの背中に隠れるように体を縮こまらせていたルイは「もう大丈夫だよ」と言われて恐る恐る顔を上げる。先ほどの大人は立ち去った後だった。

 

「伯父さん……いるの?」
 クルベスと待ち合わせをした覚えは無い。『もしかしてすぐ近くで待っているのか』と思ったがティジは声をひそめて応える。

「えっと……ごめんね。あれ嘘なんだ。でももう一人にしないから。ほら、こうやって手つないでたら大丈夫っ!」
 そう言うとぎゅっと手を握り直す。

「それにクーさんならきっとすぐ来てくれるよ。僕が迷子になった時もすぐ見つけるもん。それまで一緒に待っていよう?」
 不安と恐怖に怯えていた心が、その温かい手に優しく包まれたような気がして。ティジの声に小さく頷き、その温かさに縋るようにしっかりと握り返した。

 ◆ ◆ ◆

 ティジがルイを見つけた後、そう時間は掛からないうちにクルベスと合流が叶った。
 ルイはクルベスの姿を目にすると、一気に緊張が抜けたのか大粒の涙をこぼしながら「勝手にいなくなってごめんなさい」と謝っていた。

 

「クーさん、どうやって僕たちのいる場所が分かったの?」
 泣き疲れて眠ってしまったルイを抱えるクルベスに問う。ちなみにティジは一人でどこかに行かないように、とクルベスの裾を掴まされている。「絶対、何があっても、離すんじゃねぇぞ」と強く念押しされているので、少し歩きづらくても離せない。

「あー、それはだなぁ……」
 ティジの質問にクルベスは視線を彷徨わせる。その様子に『もしかしたら外では言いにくい事なのかも』と察して、急かすことなく隣りを歩き続ける。それから少し経ち、城の敷地内に入るとクルベスは再び口を開いた。

「ティジ、ちょっと上着の内側……そう、そのあたり。何かあるのが分かるか?」
 クルベスが教えた場所に触れるとパーカーの中にボタンよりも小さい何かが入っている……というか縫い付けられていることに気がついた。

「それで居場所が分かるんだよ、いわゆる発信器ってやつ」
「え、これが?」
 パッと顔を上げるとクルベスは非常に気まずそうな表情をしていた。
「そう、理解が早くて助かる。てか嫌がらないんだな」
「だって、これのおかげですぐに見つけてもらったってことでしょ?」
 そう尋ねるとクルベスはばつが悪そうに「あぁ」と返す。

 

「それで……えー……順番が逆になったんだが……安全のためにも外出時にはそれを付けてもらうことになったんだ……いいかな」
 城の中では付けなくていいから、と告げる。あくまで外にいる時だけらしい。順番が逆……承諾と実行の順番がってこと?事後報告になったことを気にしてるのか。

 別に断る理由も無いし、早速今日役に立ったので「うん。もちろん良いよ」と首を縦に振った。
 もしかして今日着ていくパーカーを変えたのは『寒いから』って理由じゃなくてこれのためだったのかな、と思うも口にはしない。聞いても気まずくなっちゃうだけだ。気付いてないふりをしておこう。

 ちなみにその後、とても興味があったので『この発信機はどうやって動いているのか』『水や衝撃にはどれぐらい耐えられるのか』等々、満足するまで質問攻めしたティジであった。

 


 ティジは高いところにある本を取る用のスライド式ハシゴにも大変興味を示していたけれど、クルベスさんに「危ないから」と止められてしまった模様。久しぶりのお出かけ&図書館で普段よりも活発になっているのでね。「今日はダメ。また今度(もう少し落ち着いている時に)」といった具合。