18.夕暮れ時-1

 学園祭も無事終了し、クルベスたちとはまた帰りに待ち合わせをして一旦別れたティジとルイ。来場者もいなくなった学舎では在校生が時折ふざけたりしながら後片付けを進めていく。

 使用した教室の清掃、食器や調理器具など借りていた備品の数量に変化はないか、など黙々と片付けをおこなうルイは頭の中では全く別のことを考えていた。

 ティジとの関わり方について。巨大迷路に入ったティジたちを待っている間にクルベスに相談はした。だが、その後のティジから告げられた『ルイと一緒が一番楽しいから』という(嬉しい)言葉で何となく流してしまった。このままなぁなぁで済ませてしまっても良いかもしれないが、まだ心に引っ掛かる感じがあるのだ。
 思い立ったが吉日。これは早いうちに解消してしまったほうがいい。このまま内心ギクシャクした気持ちで過ごすメリットなどどこにも無いのだから。

 

「ティジ!ちょっと話がしたいんだけど今いいかな」
「え?あ、うん。大丈夫だよ」
 意気込んだルイの声にティジは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で振り返る。
 ティジが驚くのも無理は無い。なぜなら二人は今、学園祭開幕直前に汚れてしまったテーブルを返却したところなのだから。周囲には自分たちと同様に備品の返却に来た生徒がまばらにいる。「いったい何が始まるんだ」といった好奇の視線が痛い。

『ティジとちゃんと話をするんだ』と決心することにばかり意識がいってしまい、周りの状況が全く見えていなかった。周囲の視線から逃げるようにティジの手を引いた。

 

 落ち着いて話をできる場所は無いか、と祭りの空気も冷めやらぬ学園内を彷徨う二人。手近な空き教室を見つけ、そこに体を滑り込ませる。
 今度こそ二人きりだ。念のため廊下も確認したから立ち聞きされる心配もない。ここなら大丈夫。緊張しっぱなしのルイは自分を落ち着かせるため何度か深呼吸を繰り返すとようやくティジに向き直った。

 クルベスから『一回ティジとちゃんと話せ』と言われたが、いざこうして顔を合わせてみると言葉が出てこない。
 そもそも何と言えばいい?ティジはもっと他の奴と関わってみたい?俺が常に一緒にいて邪魔だと思っていない?
 そんな言い方をしたらティジに気を遣わせてしまうだろうが!もうちょっと濁したいい塩梅の言い方……くそっ、何も出てこない!

 こんなしょうもないことでティジの時間を奪っているのが申し訳ない。ていうか外じゃなくて城に帰ってからでもいいのでは?いやいや、そうやって後に回して決心が揺らいだらどうする。

 脳内で自問自答を繰り返しても最適な答えなど導き出されない。ルイは臆病な自分にそう言い聞かせ、口を開いた。

 

「ティジ!」
「ルイ」
 互いの名を呼ぶ声が重なる。示し合わせたわけでもないのに声が揃ったことに驚き、二人とも口を閉ざしてしまう。
 このような状況に陥れば自分の話よりも相手の話を優先させようとする気質の二人。ここにクルベスかエスタがいてくれれば会話を促してくれるのだろうが、いない者のことを考えても仕方がない。

「ティジが先で大丈夫」
「いや、ルイのほうが何か話したかっただろうから、俺はその後でいいよ」
「でもティジだって何か言いたそうだし……俺のは急ぎじゃないから」
「それを言ったらこっちだって……」
 これではらちが明かない。この調子で互いに譲り合っていたら下校時刻を過ぎてしまう。この状況を打開するにはやはり当初の予定通り、ルイのほうから話を切り出す他あるまい。

『そうやっていま悩んでいることをちゃんと言葉にして俺に話せている。ルイは自分が思ってるより立派に成長しているよ』
 学園祭で掛けられたクルベスの言葉を胸に、ルイは意を決してティジを見据えた。

 

「今から変なことを聞く。たぶんティジをすっごく困らせてしまう。でもその、正直に答えてほしいんだ」
 ティジは異様に緊張したルイにドギマギしながら「分かった」と返事をする。ルイはその表情を曇らせないよう細心の注意を払いながら言葉を紡いだ。

「ティジは、俺以外の人とももっと話がしたいか?」
「えっと……急にどうしたの?」
 しまった。ティジが返答に困らないよう直接的な言葉を避けたのだが、説明を端折りすぎた。小首を傾げるティジにルイは慌てて補足する。

「俺たち、学校でもずっと一緒に行動してるだろ。でも本当はもっと同じ学級の人とも話してみたいって思ってるんじゃないかー……とか」
 シンの指摘はもっともだ。ティジの将来を考えれば自分以外の人間とも積極的に関わったほうが良いに決まっている。

「今日も学園祭始まる前にシンと一緒にいたから……俺が一緒にいることで他の人と関わりにくくなってるんじゃないかって思ってて……」
 執着心が全くもって隠しきれていない自分に呆れる。これでは『ティジが俺以外の人間と関わっているところを見ると嫉妬してしまう』と言っているようなものだ。端的に言えばそうであるのがまた悲しい。

「ごめん。俺から言い出したのに、何かうまく言葉にできない……」
 ルイはティジを顔を直視できず、うつむいてしまう。
 本当は何を言いたいのか分かっている。『もう少し距離をおいたほうがいいか?』って。
 でもそれを口にはしたくない。仮にそれを言葉にして万が一彼が頷いたら、と考えるだけでルイは泣き出してしまいそうだった。

 

「ルイ。俺はね、ルイと一緒がいいんだ」
 目元が熱くなっていたルイの耳にティジの柔らかな声が沁みていく。

「学校でも、どこにいても。俺はルイと一緒にいる時が一番落ち着くよ。むしろ俺のほうこそルイにベッタリで困らせてないかなーって思っちゃうくらい」
 自分の率直な気持ちを吐露したティジは、気恥ずかしさを誤魔化すように眉をへたらせて笑う。

「でも、じゃあさっきのは?ティジもさっき何か言おうとしてたけど、それは関係ないのか?」
 ティジの言葉を素直に受け止められないルイ。そんな彼にティジは「あぁ、それは……」とばつが悪そうに話す。

「俺、ルイに謝らなきゃって思っていて。学園祭始まる前のこと……ルイは『すぐ戻る』って言ってくれてたのにその場を離れたこと。きっとすごく心配させた。もし俺がルイと同じ立場だったら不安になるし……それを謝りたかったんだ」
「……もしかして、ずっと気にしてたのか……?」
 ルイの言葉にティジは控えめに頷く。

「でもルイがずっと何か考え込んでるように見えて……もしかしたら今朝のことをすごく怒っているんじゃないかって。それならちゃんと謝らないとって思ってたんだけど……それをなかなか言い出せず……ごめんなさい」
 気まずそうに頬をかくとルイをチラリと窺う。その紅い瞳と視線があうとルイは目をぱちくりとさせた。

 

「じゃあ俺たち二人とも、今日ずっと考えすぎてたってこと……?」
「そういう……ことかな」
 お互いに相手の気持ちを推し量ろうとして、ものの見事に空回ってしまったのだ。

 それを理解すると、ルイはここまでずっと悩んでいた自分が急に馬鹿らしく思えてきて。「そっか……」と呟き、自然と笑みがこぼれる。
 スッと胸が軽くなると同時にようやく人心地がつけた気がした。

 


 家に帰るまでが遠足。お片付けまでが学園祭です。こういうイベントって終わってしまえばあっという間だったな、と思えたりするから不思議。