18.陽だまりと雨-2

 ルイと一緒に眠った日。あれから少し経ったけど、ルイもここでの生活にはすっかり慣れたようだ。笑うことはそんなになかったが、衛兵を見ても息を詰まらせて震えだす頻度は減った。
 その日、昼食を終えたティジはルイと共に庭園のいつもの場所――白いベンチに腰を据え、魔術の種類について教えていた。

 少しでも理解しやすいように、と書庫から持ってきた『魔術の成り立ちと性質について』(対象年齢:中等部から)という本を参考書代わりに説明していく。実は言うとこの本も少し難しいんだけど……残念ながらこれより簡単な内容の物は国立図書館に行く必要がある。外にはなかなか出られないからなぁ……。

 ちなみに補足しておくと『魔術について教える』というのは僕から言い出したわけではない。ルイに「ティジがよければ、教えてくれると嬉しいな……」とかなり遠慮がちに言われたからだ。じゃないとこんな、ルイのお兄さんのことや僕が庭園で倒れたことを思い出させてしまうことなんてしない。
 でも話していてもルイはすごく興味深そうに聞いてくれている。説明することに少し気が引けた『水やそれに派生する魔術』の章も熱心に聞いていた。

「それじゃあえっと……空気の中には水があって、ティジやお兄ちゃんはそれを氷に変えている……?魔力だけで雪を作っているわけじゃないの?」
 ルイは話した内容を復唱するように聞き返す。
「うん、何にもないところから何かを作り出すことはできないよ。必ず元となる物がいるんだ」
 正しく言うと『自身の魔力を触媒として指定した空間の気温を変化させた結果、その空間にある水分が凍っているだけであって、空気中の水分に直接魔力を注いでいるわけではない』……のだけどそれでは難しいだろうからもう少し噛み砕いた言葉で説明する。

「この間、お花の種からお花を咲かせていたでしょ?あの時はお花の種に自分の魔力を栄養としてあげて、早くお花が咲くようにしたんだ。さすがに何もないところから突然お花は出せないからね」
 草木の場合は『生きている物』に分類されるためか、生命の源である魔力が流れている。だから『植物』の魔術を使う際は、それに適した量の魔力を調整しながら流し込むことで成長を促進させるというわけだ。……これもルイにはまだ難しいと思うから説明しないでおこう。
 ちなみに僕がお花のお世話をした時に魔力を分け与えてしまうという現象。これに関しては僕が意識してなくても勝手に発生している。普通の人はこんなこと起きない。

 魔力だけで何でもできるわけじゃないんだよ、と言いたくてお花を咲かせた例を挙げたけど……お花を咲かせることと雪の発生はそもそもの前提条件が違うので、これを選んだのは失敗だったかもしれない。
「そういう……?」
 案の定ルイは「分かったような分からないような……」といった様子で首を傾げる。うーん、人に教えるのって難しい。確かじぃじも「相手に何か教える時、教えるほうはその物事を三倍理解してないといけない」とか言ってたっけ。僕自身まだ理解できていないということか、と痛感する。夜にでも部屋にある魔術の本とか読み返しておこうかな。

「クーさんも魔術が使えるんだよ。小さな怪我なら治せちゃうんだって」
 クーさんの治癒の魔術は人に作用するものだ。そういえば父さんが使える『記憶に干渉する』という魔術も人に作用するものだから、魔術の種類としては二人とも『人』にあたるか、と頭の隅で考える。
「じゃあ伯父さんもお花を咲かせられるのかな」
「いや確かできないはず……人が使える魔術の種類はだいたい一つだけだから。二つ使える人もたまにいるけど、それはすごく珍しいかな」
 聞かれて少し考えてみたけどクーさん自身、複数の魔術を使えるとは言ってなかったと思う。クーさんがお花を咲かすところなんて想像できないし植物には詳しくないって言ってたなぁ。
「じゃあティジは氷、じゃなくて……えっと、水とお花の二つを使える珍しい人ってこと?」
「あ……っと……僕は、その……何でか分かんないけど……他のも色々使えるみたい……」
 純粋な眼差しで問いかけられ口ごもる。自分の体のことなのにちゃんと答えられない。……自分でも全く分からないのだから。

 あれは今から一年半ぐらい前、もうすぐ7歳の誕生日って時だったから3月の終わり頃か。
 一番はじめは中庭の芝生で眠ってしまったときのこと。目を覚ますと自分の周りの芝生だけ異様に伸びていてとても驚いた。
 その次はお花の水やりをしていたら急に水が出てこなくなって。もしかして注ぎ口に葉っぱが張り付いちゃってるのかなと思い、じょうろの中を覗くと中の水が丸々凍っていた(びっくりして思わず手を離してしまい、危うく足に直撃するところだった)
 そうすると『自分はどこまでできるんだろう』と純粋な興味が湧いてきた。ものは試しにと自分の部屋を出た後、部屋の外側についたドアノブを握りながら内鍵に意識を集中させてみた。すると見事に鍵がかかった。自分は部屋の外側にいたから内鍵に直接触れることはできないというのに。あれは魔術の種類でいうとおそらく『物質』にあたるんだろうなぁ。
 ちなみに言うとその後クーさんにばれて『緊急時以外は二度と使うな』としこたま怒られた。まぁ部屋から出られなくなったりしたら大変だからあそこまで怒るのも分かるけど。さすがに『火』は試さなかった。もし火事になったら大変だ。

 それからはじぃじと一緒に魔術のことをたくさん勉強して、不用意なタイミングでの魔法の発動だけは起きないようになった。でもまだまだ調整不足だ。というかお花のお世話に関しては全く調整できない。本当に、自身の意思とは関係なくお花に魔力をあげてしまう。お花のお世話は好きなのにすごく困る。なんとかならないかなぁ……と悩んでいるけどどうにもならない。

 それに今はお花に作用するだけで済んでいるけど……これがもし、人にも作用したら?
 魔力は生命の源だ。自分でも気づかないうちに相手の魔力を変動させてしまったら。

 そう考えると自分の体質が恐ろしくてたまらない。でもそんなことを言ったら、みんな僕から遠ざかってしまうかもしれない。それが何よりも怖くて、結局何も言えなくなってしまう。

「ティジ?」
「あ……ごめんね。ちょっとぼーっとしちゃってた」
 ルイの声に意識が引き戻される。自分の体質のことになると深く考え込んでしまう。悪いクセだ。ごまかそうと咄嗟に笑ってみせたけど……うまく笑えてるかな。
「……元気ない?」
「そんなことないよ。少し眠くなっちゃったのかも」
 だめだった。ルイは僕を心配して聞いてくれてるんだろうけど言うわけにはいかない。だってこんなことが知られたらきっとルイは怖がって、すぐに僕から離れる。それが普通の反応だ。

 ルイのことを一番に考えれば彼に危害を及ぼしてしまう前に自ら距離を置くべきなんだろうけど……それはできない。いや、本当は分かってる。できるはずなのに自分がそうしたくないだけだって。
 ルイを傷つけたくはないのに、自分が独りになるのも嫌でどうしようもないくらい怖いんだ。

 そのとき強い風が吹き、思わず目をつむる。風にあおられて本のページがパラパラとめくれた。
「わ……っ!びっ、くりした……」
 その言葉通りルイは目をぱちくりさせる。髪には風に運ばれてきた花びらがついていた。
「うん、髪もちょっとボサボサになっちゃったね」
 でもこれでルイの気が逸れたことに内心ホッとして、彼の髪についていた花びらを取った。赤い小さな花びら……この時期に咲いてるものだとワレモコウかな。

「……ルイどうしたの?頭に何かついてる?」
 僕の頭っていうか顔をじぃっ……と見つめられる。もしかして僕の頭にも花びらがついてるのだろうか。自分の容姿を見つめられるのは苦手なので、少し不躾だが聞いてみるとルイは何気ない口調で呟いた。
「ティジの髪、綺麗だなぁ……って」
「へ?」
 予想もしていなかった言葉に呆けた声が出る。
 そんなこと言われたのは家族以外の人間ではルイが初めてだった。みんなと、家族の誰とも違う真っ白な髪を、ルイは見続ける。
「お日さまに当たるとキラキラして、すごく綺麗」
「いや……でも……みんなと違うし……それに、目とかも……変、でしょ?」
 普段はこんなこと自分からは絶対に言わないのに思わず口にしてしまう。するとルイは僕の真っ赤な、血の色みたいな瞳を真っ直ぐ見つめた。
「お日さまと一緒のあたたかい色だよ。ぼくは好きだな」
「……好き?これが?」
 目を丸くしてルイに聞き返すと、あの一緒に眠った夜以降ときおり見せるようになった笑みで告げる。

「おとぎ話に出てくる妖精と同じ。すごく綺麗で、ぼくは好きだよ」
 この間話した、おとぎ話。そこに出てくる妖精は同じ特徴をしていた。でも僕はこんなすごい人にはなれないって思っていて。それと同じと言われて、何故かすごく胸が熱くなった。

「……ぁ、えっと……あり、がと……」
 とりあえず『好き』と言ってくれたのだからお礼は言っておかないと、とぎこちない言葉で伝える。自分はこの容姿のことを好きになれないけど、ここまで真正面から好きだと言われるとなんだか照れてしまう。
 うぅっ、あんまり喜ぶな……!もしかしたら今だけそう思ったのかもしれないし、そもそも元気がなさそうなのを気遣って出た言葉だったらどうする?
 冷静になれという意思に反して顔はどんどん熱くなっていく。落ち着け落ち着け、舞い上がるな……っ!

「あ……いや、だった……?」
 僕が気分を悪くしたと思ったのか、ルイは叱られた子犬のように落ち込んでしまう。
「そうじゃなくて……その、すごく嬉しくて……」
 真っ赤な顔のまま、ぼそぼそと呟く。勉強とか自分の作った物の出来を褒められた時はすぐに『ありがとう。嬉しい』って言えるのに……自分の容姿を好きだと言われるのは全然慣れてないからか、うまく反応できない。

「っ、……あ!そろそろ午後のお勉強の時間だね!ルイ、遅れちゃいけないから行こっか!」
 ルイの視線から逃げるように慌てて本を閉じ、その手を引きながら庭園をあとにした。

 


現在のルイはここまでド直球に自分の好意は言えないです。小さい頃ははっきり言えたのに大きくなると言えなくなるってよくあると思います。

ワレモコウの花言葉:移り行く日々、あこがれ、変化