21.萌芽-2

 クルベスさんから『ルイのこと、よろしく頼む』と頼まれた俺――エスタはそのまままっすぐと弟くんの部屋へと向かった。

 弟くんの部屋に腰を据えてまっすぐと見つめる。気まずさからか身の置き所が無い様子の弟くんに俺は優しい声で問いかけた。

 

「弟くん、聞いたよ。えっと……クルベスさんから」
「……おかしいって思ってるんでしょう」
 弟くんが泣き腫らした目元を擦ろうとするので「だめだよ。もっと腫れちゃう」と手で止めた。

「たまたま好きになっちゃった子が同性だっただけ。落ち着いて」
「ティジとは友達みたいに……家族みたいに過ごしてきたのに……?急にこんな感情抱いて、気持ち悪いって……エスタさんも思ってるんでしょ……っ」
 息を詰まらせてポロポロと涙をこぼす弟くんに「そんなこと思ってないよ」と背中を擦る。
 いや、まぁクルベスさんから聞いた時はめちゃくちゃ驚いたけど。言わない言わない。やめとけ。変につつくな。

「まぁそういうお年頃だから。ちょっとドキドキしちゃうことって、ね?よくあるから。弟くんは馴染みが無かっただけ。だいじょーぶ」
 弟くんができるだけ話しやすいように、かつ『俺は弟くんの味方だよ』ということを示すために慎重に言葉を選ぶ。
 けど我ながらすっごい雑な励ましだな。でも俺自身、恋バナとかしたことないもん。どう対応したらいいの?

 

「何かクルベスさんには言いにくくても、年が近い俺になら話せそうだなーってことはない?俺、弟くんの力になりたいな」
「……話せない」
 俺が手を優しく包み込んで問いかけても、弟くんはふるふると首を振って呟くだけ。

 まぁ簡単には話してくれないのはこちらも想定内だ。
 でも『話すことなんて何も無い』と突き返すのではなく『話せない』と言うあたり、何かもうひと押しあれば口を開いてくれるかもしれない。

 

「俺、心配なんだ。弟くんは抱え込んでしまうタイプだから何でも話してほしい。初めての恋だもんね。戸惑っちゃうのも仕方ないよ」
 まぁ恋愛経験ゼロの俺が言うのもちゃんちゃらおかしいけど。お口チャックだ。余計なことは言わないぞー。

「でも!最低な夢も見るんだ!!人を好きになったらこういう夢も見るのか!?俺、おかしくなったのかもしれない……っ」
 うめくように泣き出してしまった弟くんをなだめる。これはかなり自分を追い込んじゃってるなぁ……。

「弟くん、人を好きになるのにおかしいことなんて無いよ。……ちなみにどんな夢見ちゃうの?」
 さて、ここからが本題だ。話してくれるといいな。あとやっぱり個人的にすごく気になる。

 

「……る、ゆめ……」
「ん?」
 声が小さくて聞き取れなかった。「ごめんね、ちょっと聞き逃しちゃったからもう一回言って」と言うと弟くんはポソポソと呟いた。

「ティジとその、エッ……よくないことする、夢……」
 危うく『予想をはるかに超えていくね』って感想が出てしまうところだった。よくこらえた。偉いぞー俺。
 そっかぁ、エッチなことをしちゃう夢かぁ。うーん……あの……弟くんもお年頃だもんね。男の子だもんね。

 

「えーっと……一応聞いておきたいんだけど……弟くん、いつの間にそんな知識をつけちゃったの……?」
 意外とムッツリなの?とまでは言わない。思っても絶対口にはしない。
 こちらの戸惑いにこれ以上にないほど顔を真っ赤にした弟くんはついに顔を隠してしまう。

「この間、起きたらめっちゃ大変なことなってて……クルベスには言い出しにくくて本で調べたら……思春期とか、そういうこと考えたらなるって書いてた……それでその時そういう情報も見ちゃって……」
 かなり濁した言い方。少し心が痛むけれど『めっちゃ大変なことになってて』の内容を何とか聞き出してみると夢精だと分かった。そりゃあびっくりするだろうな。
『そういう情報』とはよりにもよって同性間での性行為について。えぇ……まじでどんな本を見ちゃったの?風俗史とかそういうやつ?

 

 突然の情報量に思考が追いつかない俺に弟くんは「でもその詳しい内容とかは……ちょっと見ちゃったけど……慌てて閉じたから……そんなにしっかり見てない……たぶん」と言い訳するように付け加えた。

 ……実際のところどれぐらい見ちゃったのか、なんて俺は追求しないよ。すごーく目を泳がせてるけどそれについても触れないでおくからね。
『何でとつぜん頭をブンブンと振りだしたのかな』とか『もしかして本とか夢の内容を思い出してそれを振り払おうとしてる?』とか思っても聞いたりはしないから。……弟くんって嘘つくのは苦手?

「なんか……ティジとそういうことしてる夢を見るし……顔見れないし……もうわけ分かんないぃ……っ」
 弟くんはそう嘆くとひどく混乱した様子で泣き出してしまう。
 思春期の恋ってこんなものなのかなー。いや、そんな夢を見るまではいかないよね?

 

「うーん、弟くん。とりあえず現実で本当にしちゃってるわけでも無いし、弟くんがティジ君とそういうことしたいって思ってるわけでもないんでしょ?」
「……わかんない」
 質問に弟くんは自信無さげに呟く。すぐ否定せずに少し考えたあたり、本当はしたいと思ってそう。よし、黙ろう。俺は空気が読める子。

 まぁ弟くんは同意も無しにそういうことするような子じゃないだろうし、ちょっと注意するだけにしておくか。

「でも弟くんが恋かー。俺はそういう甘酸っぱい経験はなかったから羨ましいな。あ、でも好きって気持ちを一方的に押し付けちゃダメだよ。相手も困っちゃうからね」
「……そんなことしない。だって本当に好きなんだから……傷つけたくない」
 こりゃゾッコンですわ。可愛いなぁ。それはそうともし(弟くん一筋な超絶ブラコンの)レイジが『弟くんに好きな子ができた』って知ったら……とんでもないことになりそう。

 

「あ、弟くん。その弟くんが見たっていう本を教えてくれるかな。弟くんが見られるってことは結構色んな人が見ることができるだろうし。弟くんみたいな……その、いたいけな子どもの目に意図せずして触れてしまったら良くないからちゃんと管理しておきたいんだ」
 同性間での性行為の方法なんてハードすぎる。大問題だ。

 聞くとつい先日入ったばかりの本らしい。検閲から抜けてたか。その後、本を回収する際に司書に伺ってみたけれど、この城に住まう子どもではまだ弟くんしか見ていないらしい。

 何というか不幸中の幸いと言っていいのか……とりあえずこれはクルベスさんのところに持っていかないとだな。

 ◆ ◆ ◆

「うっわ、えっぐ」
「うわぁ……」
 顔を歪めるクルベスさんの横で俺も思わず引いた声が出た。文章でもかなりの内容だぞ。完全に成人指定ものじゃん。

「悪いな。聞き出してくれて。いや、でもまさか本から知識を得ていたとは」
「……よかったんですかね」
「ルイには了承得たんだろ?なら問題ない」
 弟くんには『一応クルベスさんに伝えてもよいか』と聞いた。その……そういう本を読んだことを。
『ティジ君と致してしまう夢を見ていた』ということはさすがに話していない。弟くんの自尊心が死ぬ。
 そんなわけでかなり湾曲的に『とんでもない本を読んで、ちょーっとティジ君のことをそういう風に意識しちゃう夢を見ちゃったんですって』と伝えた。あれ?これほとんど言っちゃってないか……?

「こんな物が紛れ込んでたなんて今回のことが無かったら気づかないままだったかもしれないな……大事になる前に回収できてよかった」
 成人指定って表記ぐらいつけとけ、と吐き捨てるクルベスさん。そうだよね。未成年が間違って手に取ったら大変。もう起きちゃったけど。

 

「あとはこれからどうするか、だな。あのままってわけにもいかないし」
「ティジ君も不安そうですもんね……」
 非常に良くない。彼にはなるべく不安を抱かせたくない。それによって下手に刺激されて記憶が戻ったら大変だ。いや、記憶の書き換えってそんなヤワなものじゃないのかな。

「もうここまできたらルイの心の問題なんだよな。あの子がどう割り切ってくれるか……」
「クーさんっ!」
 突然飛び込んできたティジ君にクルベスさんは持っていた本を(わざと)床に落とした。同時に足を派手に机にぶつけるという偽装工作もおこなったので、本を落とした音はかき消されたはず。

 

「え、クーさん大丈夫!?」
「大丈夫。いま下手に触られるときついからあんまり近づかないでくれ」
 クルベスさんはそう言いながらうずくまり、痛みに悶絶するフリをして成人指定待った無しの本をソファの下に押し込んだ。
 お見事。机の上は悲惨なことになってるけど。

「それよりどうした。誰か倒れたか」
「そうだった!あのね、ルイが……!」

 


 ティジとルイは調べ物とかしたい時は書庫に行ったりしてます。
 ルイの場合は調べたいこと・探してる本だけ見つけてさっさと帰る。一方でティジの場合はそのまま『何か新しい本とか入ってないかな』と他の棚も見ていってしまうので一度書庫に行ったらなかなか帰ってこない。