22.萌芽-3

 ――遡ること30分ほど前。
 エスタに事情を話したルイは自室で頭を抱えていた。

 クルベスやエスタさんに心配させて……ティジを不安にさせてしまった。自分の行動でみんなに迷惑をかけている。

 いっそのこと、この気持ちは単なる思い込みだと決めつけられたら良かったのに。
 でもそうではないということは自分でも分かってしまっていた。

 あの明るい声に呼ばれると心臓が跳ねる。
 彼の温かな手をずっと握っていたい。
 あの朗らかな何物にも変えがたい笑顔を自分だけの物にしてしまいたい。

 一緒にいると胸の奥まで温かくなって、ずっとそばにいたくて、彼を離したくない。

 

 ――ならばそうすればいいじゃないか。

 そう囁く自身の声が、抱いてしまった身勝手な欲望が恐ろしい。

 いま雷が鳴ったらどうすればいいのだろう。こんな状態で彼と同じベッドに入るとなったら自分でも何をするか分からない。……最悪な事態を招くかもしれない。そんなの、人間のすることじゃない。

 ……少し体を動かすか。そうしたら気も紛れて冷静になれるかもしれない。
 とはいっても今ごろクルベスはエスタさんから俺の話を聞いているところだろうから……とりあえず城の中を歩こうかな。それからゆっくり落ち着いて考えよう。

 

 特に行く当てもなく城内をブラブラと歩くルイ。ティジと一緒にいることが普通となっていたので通路が広く感じられた。

 何か折り合いをつけないと。このままにするわけにはいかない。でもティジを傷つけたくはないんだ。この気持ちを一体どうすれば――

「あ……!ルイ!」
 気持ちを切り替えようとしたくせに結局ウダウダと考え込んでいた頭にあの明るい声が飛んでくる。

 前方からパタパタと駆けてきたのは、もちろん件の――いま一番顔を合わせられない人物。

 ルイは咄嗟に逃げようとしたが、クルベスの『ティジが不安がってる』という発言を思い出して踏みとどまった。それにティジは少しホッとした様子で近づいてゆく。

 

「ルイ、もしよかったら少しだけ話さない?俺、ルイとちょっと話がしたくて……」
「え……っと……クルベスも一緒じゃダメか?もしくはエスタさんとか……」
 二人きりだと何かまずい。とにかく誰か信頼できる第三者を交えたい。あの二人なら万が一俺が暴走しても止められるだろうし。

「ルイ……俺といるのはイヤ……?」
 自分の気遣いは裏目に出てしまったようでティジの瞳が不安げに揺れる。心なしかその瞳は潤んでいるように見えた。

「違う!ティジといるのが嫌なんじゃなくて、俺が……その……っ」
 言えない。
 好きだから、邪な夢を見ているから一緒に居づらいなんて。

 朝起きて罪悪感に苛まれているんだ。あんな、とんでもない夢を見るなんて――

 

「ねぇルイ。何か思うことがあったら話してほしい……俺、ルイに何かしちゃった……?」
「そんなんじゃ、な……っ!」
 言い淀む俺にティジは歩み寄り、あろうことか手を握ってきた。

「嫌われちゃうようなことしたなら言って!俺、ルイと離れたくない!一緒にいたいよ……!」
 今にも泣き出しそうな声で必死に訴えてくるティジに思考がショート寸前だ。
『とにかく落ち着け。どうしよう、どうしよう』と回らない頭で考えながら後ずさっていると、ふいにルイの足がもつれた。

 バランスを崩した体が後ろに倒れる。手を振り払う余裕は無かった。

 

「う……ぐ……っ」
 痛い。そりゃそうだ。受け身を取ることもできずに背中をぶつけたのだから。あと何か重い物が乗ってる気がする。
 ルイは涙目になりながら目を開ける。するとそこには自分の上に折り重なるように倒れているティジがいた。

「ん゛……と……っ、ルイ!ごめん、怪我は!?」
 ティジは顔を青ざめ、慌てて半身を起こした。手を握られたままだったので自分が倒れる時にティジも巻き込まれるように引っ張られたのだろう。

 ティジは俺に怪我を追わせてしまったのかもしれないと焦っているようだが、こちらはそれどころではなかった。
 自身の体……というか腰の上に跨がっているティジの姿――夢の内容を想起させる体勢に、ついにルイの処理能力が限界を超えた。

 

「え、あ?なに、何で、ティジ?俺、え、え?」
 とんでもない場所に座っている。もう夢でやった体勢と全く同じだ。夢の中で何度も犯した彼の双丘が自身の上に乗っている。甘い声を漏らし、俺の名前を呼びながら腰を揺さぶっていた彼の姿を思い出してしまった。

「俺、ティジにそんなことするつもりじゃ……!ご、ごめんなさいごめんなさいぃ……!」
 今は夢の中ではない。そんなことは分かっている。夢の中だということをいいことに彼に色々してしまった申し訳なさと羞恥で顔を覆い隠しながら謝罪の言葉を口にする。
 それでも反応してしまった自身は治まってくれない。確実に彼の臀部に当たっている。

「え、ルイどうしたの!?俺は大丈夫だから!ルイ!ルイ!?」
 ティジはひどく動揺した様子で体を寄せるがそれでは逆効果だ。少し擦れて刺激されてしまうのでお願いだから早くどいてほしい。ていうかティジの下にあるソレが大変なことになっているのに何で気づかないんだ。

 

 という経緯があり、ティジが何を言っても床に身を縮めてその場から動いてくれなかったため、やむを得ずクルベスに助けを求めたというわけだ。とりあえずさっさと迎えに行くとしよう。

 ◆ ◆ ◆

「ルイ、ほら起きろ」
 クルベスはティジから聞いていた通り、通路でうずくまって顔を覆い隠したままだったルイに呼び掛ける。しかしルイは一向に起き上がろうとしない。

「風邪引く……ていうか服汚れるぞ」
「……起きれない」
「は?起きれないってお前、小さい子じゃあるまいし……」
 クルベスが無理やり起こそうとするも頑として譲らないルイ。
『全くこいつは……』と内心呆れているとある一点に目が留まる。むしろルイは『小さい子』とはかけ離れた理由で起き上がれないのだと気づかされた。

「ルイ……お前……」
「……ごめんなさい」
 耳まで真っ赤にしたルイはものの見事に反応を示しているソレを隠すかのように膝を擦り合わせた。

 

 ティジは心配そうにルイの様子を窺う。ルイがいまの体勢を崩せば彼が大変なことになっているのは確実に見えてしまうだろう。
 追いついたエスタにティジの気を引いてもらっている間に、クルベスはルイを抱え上げて自身の私室へと運びこんだ。その間もルイのソコはしっかりと自己を主張している。
 そんな姿にクルベスは『そうか……ルイももうそういう年か……』と甥の成長を感じながらベッドに寝かせた。

「手洗いとか行きたかったらいつでも行っていいからな」
「しばらくしたら落ち着くから……大丈夫……」
 ルイはそう言うと布団を頭まで被り、消え入りそうな声で再び謝り始めた。非常に心配ではあるが『今は下手に干渉しないほうがいいだろう』と判断したクルベスは隣の部屋に移動した。

 


 ルイが大変なことになっちゃう回です。
 ちなみに幕間(3)『束の間の休息-3』にてティジが倒れ込んだ際に盛大に鼻血を出したルイですが、あのとき彼は前回のお話でこぼした『ティジとよくないことする夢』のことを思い出したのだとか。
 そういう夢については今でもたまに見ちゃうのだそう。そういう夢を見た日は内心めちゃくちゃ気まずいし申し訳なさでいっぱいだけど、頑張って顔には出さないようにしてるルイです。