27.薄藤と墨-6

「八年前、何故あいつらを襲った」
 湧き上がる怒りと憎悪でクルベスの手が震える。叶うのならば今すぐこの首をへし折ってやりたい。そんなのは自己満足にしかならないことは分かってる。
 鬼気迫る表情のクルベスにニィスは少し考える素振りを見せた。

「八年前って……あぁ、あれか。『何であんな事したか』って?特別な理由なんて無いよ。18番の性能確認とあわよくば新しい実験台の獲得。それでたまたま選んだのがあの家だっただけ」
「――は?」

 特に理由もなく、理不尽に弟家族が凄惨な目に遭ったのだと。
 到底理解できない。したくもない。

 絶句するクルベスにニィスは無邪気に首を傾げる。

「なに?じゃあ聞くけど店で食材を買うとして、選ぶ時にいちいち大層な理由を付けて吟味しないと買えないの?あぁ、もしかしてあいつらの知り合い?だとしたら御愁傷様」
 にこやかにいい放った言葉に、クルベスの中で何かが切れる音がした。そしてその衝動に駆られるまま、ニィスの額に銃口を当てる。

「お前のせいでセヴァも、レイジもみんな!みんな、お前が!!」
「――クルベス!」
 引き金を引こうとしたクルベスの耳にルイの声が飛び込む。声がした方向に目を向けるとここまで走ってきたのか、息せき切ってこちらに呼びかけるルイがいた。

 

「クルベス、ダメだ……それだけはやっちゃダメだよ……」
 ルイの姿を目にして我に返ったが、引き金に掛けた指は離さない。

「セヴァも、ララさんもレイジも、こいつのせいでみんな死んだんだぞ!?それを分かってて言ってんのか!」
 八年前のあの日、この男のせいで何もかも変わってしまった。抱き上げた弟の亡骸の重さや、充満した血の匂いを忘れた日など一度もない。

 過去の自分が囁いているのだ。
 この引き金を引けば楽になれる。
 弟の仇を討て、と。

 されどもルイは歯を食い縛り、瞳に涙を溜めて声を張り上げた。

「そんなこと分かってる!俺だって許せない!だとしても俺は……クルベスには、そいつと同じ『人殺し』になってほしくないよ……!」

 声を震わせてこちらに訴える姿に、クルベスを呑み込もうとしていた黒い感情が溶けていく。
 その時。八年前のあの日、電話越しに聞いた弟の声が脳裏を掠めた。

『……ルイと、レイジを……たのむ、ね』
 あの日、セヴァにルイのことを託されたんだ。

 これはルイをこんな顔にさせてまでやる事じゃない。

「……とんだお利口さんだこと」
 ニィスは二人の応酬を嘲笑したがクルベスに側頭部を殴打される。ガクリと項垂れるニィスにルイはハッと息をのむ。
「クルベス!」
「気絶させただけだ。……このままこいつの話を聞いてたら、本当に殺しかねないから」

 

 ニィスを床に下ろし、手足を拘束するクルベス。それに駆け寄り、負傷したティジの姿に顔を青ざめるルイをクルベスは抱き寄せた。

「よかった……生きてた……本当によかった……っ」
 さめざめと泣くクルベスにルイは戸惑うばかり。そんなルイをクルベスはより一層強い力でかき抱く。

「お前に何かあったらどうしようって……お前まで失ったら俺は……」
 ティジの元へ辿り着く前に目にした、血の跡が通路の奥へと続く光景。それで嫌でも思い出した。

 血の海に染まった家。弟夫婦の変わり果てた姿。レイジの部屋に残されていた血溜まり。今にも息絶えてしまいそうな状態のルイ。
 全てが変わってしまったあの日のことを思い出したのだ。

 だが今こうして、ようやくルイの無事を確認できた。八年前とは違ってちゃんと意識もある。

 それからしばらくの間、クルベスは静かに涙を流し続けていた。

 


 クルベスさんは護身用として常に銃を携帯しております。もちろん実弾入り。「こんな物騒な物、子どもたちにはあまり見せたくない」という理由から、銃のメンテナンスはティジやルイがいない時にしてる。

 そういえば『第三章(21)夕暮れ時-4』でエスタさんが「いま持ってる物」として挙げた催涙スプレー……あれの出番無かったな。まぁ使わせてもらえそうな隙も無かったし仕方ないね。