28.熾火-1

「……めん……まもれなくて……ほんとうにごめん……っ」
 お父さんの声…?手、あったかい……ぼくは優しく握ってくれるお父さんの手が好きだよ。
 でも、なんでお父さんが「ごめんね」って言ってるの……?なんでお父さんが悲しそうな顔してるの?どこか痛いの?

 違う。
 謝らなきゃいけないのはぼくのほうだ。

 でも「ごめんなさい」を言う前に、ぼくの体は深くて冷たい『黒』に沈む。

 あぁ、そうだ。そうだった。
 ぼくは『ここ』にいないと。

 ぼくのせいでこうなったんだから。
 ぼくは、みんなと一緒にいちゃいけない。

 ◆ ◆ ◆

 ゆっくりとまぶたを開けるティジ。体がひどくだるい。起き上がることすら億劫だ。
 クルベスの姿が見える。クルベスは手にした書類を深刻な面持ちで見つめていたが、ティジが起きたことに気がつくと机の上に置いた。

「ティジ、起きたか」
「クーさん……」
「無理に動くな。あんな無茶したんだから」
 ティジは体を起こそうとしたがクルベスによってベッドに押し戻されてしまった。その言い方から考えるに、ティジが魔術を使ったことは存じ上げているらしい。ようやく気がついたがここは王宮にある医務室だ。

「ルイ……ルイはどこ……」
 ルイとは学校の保健室で別れたきり姿を見ていない。あのニィスという男から彼の安否が危ぶまれる事を聞かされて……ルイを見つける前に気を失ってしまった。
 落ち着き無く部屋の中を見回すティジにクルベスは「落ち着け」と頭を撫でる。

「ルイは大丈夫だ。少なくともお前よりかは断然元気。まぁ、ちょっと怪我してるけどな。いまは『なんか甘い物が食べたい』ってふざけたこと抜かしたエスタに付き添って、料理長の所に行ってる」
「そっか……よかった」
 ルイが無事だと聞き、ティジは大きな手の安心感にホッと息をつく。それから気を失ってしまった後のあらましをクルベスから聞いた。

 

 自分たちを襲ったニィス・ヴェントとブレナ・キートンは身柄を拘束された。彼らの今後の処遇については国家警備隊に所属するエディが「俺らに任せろ。余罪やら何やら全部引き出して八年前の分の落とし前もつけさせたらぁ!」と意気込んでいるので、遺恨が残る結果にはならないで済む……と期待できるだろうか。
 ブレナに関しては『ニィスに操られた結果あのような所業に及んでしまった』と考えれば、彼の本意でやったことでは無いのかもしれないが……そのあたりもニィスの取り調べ次第らしい。

 何にせよ、このような事態が起きたのでとりあえず怪我が治るまでは再び休学。同じ年度内で二度目の休学。学級内で悪目立ちしてしまいそうでそちらのほうが心配である。

 

「クーさん、何か隠してるでしょ」
「お前は本当によく見てんなぁ」
 クルベスはティジの指摘をはぐらかすこと無く肩をすくめる。「それほどでも」というティジに机に置いていた書類を手に取って見せた。

「お前が眠っている間に血中の魔力を分析させてもらった」
 当然だ。あんなに魔術を使ったんだから。以前に墓地でレイジに襲撃された際にも王宮に戻ってすぐ同様の処置はしている。

「それで……その結果がおかしかったんだ。いや、お前の結果が一般的なデータと比べると少ーし違うっていうのはいつものことだけど……これは常軌を逸する」
 そう言って伝えた検査結果は……なるほど、クルベスが戸惑うのも無理はなかった。
 一回目の結果はいつも計測される数値の倍は軽く超えている。それにおかしいと思い測られたのであろう二回目は、反対にゼロに等しい数値を示していて。
 どちらも人が生命活動を維持するには不可能と思えるような異常な数値を叩き出していた。

 

「お前が目覚める少し前に測った三回目はいつもの数値だった。あくまでお前にとっての、だけどな。……なぁ、本当に何もないか?」
 クルベスに真剣な声で問われ、しばし思案する。
「強いて言うなら体が重いかなぁ」
「それは前に魔術を使った時もなってたからなぁ。他に……些細なことでもいい。いつもは無い違和感とか、本当に無いか?」
「他に……」
 何か普段とは違う行動をとった覚えもない。ニィスに連れ去られる前の学校での出来事、連れ去られてからの行動を頭の中で振り返る。

 そこでふと気を失う前に襲われた、全身を焼き付くされるような熱と激痛を思い出す――が。

 

「特に何も。それ以外思い当たる物は無いよ。体が重いのも少ししたら動けるようになるから平気」
 そう言ってティジはクルベスに微笑みかける。

 何故か嘘をついてしまった。
 クルベスのことを思えばこれは言ったほうが良いだろう。でもこのことを言えば彼に余計な負担を強いることになる。今でさえ、この他に類を見ない体質で度々頭を悩ませてしまっているのに。

 何より自分のせいでクルベスを、周囲の者をこれ以上不安な気持ちにはさせたくなかった。

 


 前回危うくニィスを手にかけちゃうところだったクルベスさん。あの場において彼を止められる人物はルイしかいなかった、と言えたり。

 身長も力もあるので普通に止めるのはエスタさんにも不可能。完全に頭に血が昇っちゃってるから生半可な呼びかけ程度じゃ治まらないし。
 仮にあの時ティジの意識があったとしても、ティジは八年前のルイたちが襲われた事件には一切関係ない子だからね。何とかして止めようとしても「お前には関係ないだろ」となるわけで。
 いやはや、本当に危ないところだったね。

 ちなみにサブタイトルの読みは『熾火(おきび)』です。