29.熾火-2

「上官の鬼ぃいい!!良いじゃないですか!疲れたり運動した後には甘い物って言うじゃないですか!!」
 王宮の通路にエスタの声が響き渡る。彼は自身の上司である警備の責任者――上官に首根っこを掴まれて引きずられていた。

「全身ボロッボロの奴が何言ってんだ。バカも休み休み言え。このバカ」
「全身じゃないですー!足は無事ですー!」
「それ以外全部ダメじゃねぇか。大人しく休めっつってんだよバカ」
 二度ならず三度までも……!と苦い顔をするエスタ。ちなみにルイはそばで『これは止めたほうが……いや、エスタさんの体のことを考えたらこのままにしておいたほうがいい……?』とオロオロしていた。

 

「第一、何か食うとしてもその手じゃ何も持てないだろ」
 上官の指摘にエスタは「うぐぐ……っ」と歯を食い縛る。そのご指摘通り、彼の両手は包帯でグルグル巻きになっていた。
 ブレナが振り下ろしたナイフを受け止めた際に負った切創。傷跡こそ残るものの、完治すれば日常の動作および衛兵としての職務に問題は無い状態まで回復できるそうだ。

「まぁ……今はね?重い物は持ったり思いっきり力入れるのは難しいかなー?って感じですけど。食事とかは弟くんにアーンしてもらうんで大丈夫です」
「そうなのか?」
「え……いや、いま初めて聞きました」 
 戸惑いを見せるルイに上官は「せめて本人の了承を得てから言えよ」とエスタを引きずりながら投げ掛けた。

 そのまま引きずられて、あえなく医務室の前まで引き戻されるエスタ(とそれを見守るルイ)。上官は医務室の前で立ち止まると「ていうかそろそろ離してくださいよ」とぶうたれるエスタを指す。

「じゃあこいつにはしっかり言い聞かせておくから」
「ここで解放してくれるんじゃないですか!?」
「誰がいつそんなこと言った?というわけだ。しばらく借りる」
 上官はそれだけ言うと「そんなぁ……」と嘆くエスタを無視して再び引きずって行ってしまう。ルイは『大丈夫かな……』と心配しながらもその背を見送り、医務室に足を踏み入れた。

 

「おかえり。エスタは……やっぱり捕まったか」
 上官に連行されるエスタの声が聞こえていたクルベスは苦笑をこぼす。その様子だとエスタが上官に捕まることは薄々分かっていたようだ。

「ティジはまだ目ぇ覚めない……?」
 医務室を出る前とほとんど変わりない状態で目を閉じているティジを気にかけるルイ。エスタほどでは無いにしろ、ティジも体のいたるところを負傷していた。それに加えて過度な魔術行使による魔力のバランスの乱れ。
『このまま目が覚めなかったら……』と瞳を潤ませるルイにクルベスは笑いかけた。

「さっきまでは起きてたんだけどまた眠った。ちゃんと受け答えも出来てたからそんなに心配しなくても大丈夫だよ」
 クルベスは「ほら、手も温かい」とティジの手を握ってみるよう促す。ルイはそれに促されるままティジの手に触れてみると、慣れ親しんだ体温が手に伝わり、ルイの内にあった不安がいくばくか和らいだ気がした。

 

「……あの時、止めてくれてありがとな」
 ぽつりと呟いたクルベスの言葉に、ルイはティジの手を握るのをやめる。
「それとごめん。お前の気持ち、全然考えられて無かった」
 自身の行いを思い返して深いため息を吐くクルベスにルイは忙しなく手を振った。

「いや、俺のほうこそ……ごめん。だってもし俺が同じ状況だったら……」
 もしクルベスより先にニィスを――家族の仇を追い詰めていたら。おそらく同じ行動をしていただろう。
「……止めるべきじゃ無かった」

 この城に移り住んでから少し経った頃。自分たち家族の写真を見て涙を流すクルベスの姿を偶然目にしてしまった。それまで知っていた姿とは異なる、悲しみに暮れるその姿は彼も自身の弟を亡くした遺族であると思い知らされて。
 自分はそんな彼から弟の仇を取る機会を奪ったのだ。
 自責の念に駆られるルイ。クルベスはその頬に手を添えて口を開いた。

 

「そんなこと無い。お前の行動は正しかった。復讐なんてのは何も生まないし、セヴァたちにもきっと怒られる。どうやっても過去は変えられないし、いない人間は戻って来ない。それよりも今いる大切な人、これからの未来のこと。今あるものを大切にしていったほうが良い。……いや、そうしていきたいんだ」
 クルベスは愛おしそうにルイの瞳を見つめる。

 

「ルイ。情けないところを見せてごめんな。でもお前がいればもう大丈夫だから。――自分の大事なものを見失ったりしない」

「もっと……情けないところ見せてもいいんだよ。俺だってもう子どもじゃないんだから」
 ルイの言葉にクルベスは「ふはっ」と小さく笑う。
「俺からしたらお前はまだまだ子ども。てか俺にも少しぐらい格好つけさせてくれ」
 まぁでも、と続ける。

「ちょーっと疲れた時にはこうして撫でさせてほしいかな」
 そう告げるとクルベスはくしゃりと眉をへたらせてルイの髪を撫でた。

 


 エスタさんが求めていた『甘い物』は料理長に「何か甘い物くーださいっ!」と言えば貰えます。エスタさんも毎回「美味しい」とお菓子の感想を言ってくれるので気前良くくれる。「作った料理とかお菓子の感想を言ってくれるのはとても嬉しい。食べさせ甲斐がある」と料理長もニッコリしております。