30.熾火-3

 ルイと医務室前で別れたエスタ。あれよあれよという間にある部屋にポイっと投げ込まれた。
「こんな人気の無い場所に連れ込むなんて何するつもりですか!何されちゃうんですか!」
「説教」
「上官ノリ悪いですね!!」
 喚くエスタを蔑ろにして上官は質素な木製の椅子に腰を下ろす。補足しておくと二人が入ったこの部屋は詰所に併設されている指導室。エスタもたまにお世話になっている場所だ。

「ピーチクパーチクうるせぇ問題児。痛み止めが切れたらまともに動けないくせに、無理して動き回ってんじゃねぇよ」
「ピーチクパーチクって言う人はじめて見た……てか俺無理してないし……めちゃくちゃ元気ですし」
 一向に認めようとしないエスタであったが、上官が手を突き出すと胴体を庇うように身を守る。「どこか元気だコラ」と目で語る上官にエスタは観念したように息を吐いた。

 

「まぁ上官のおっしゃる通り、ちょーっとばかし無理して動いてる的なやつですけど……でも俺が元気なところ見せてないと弟くんが気にしちゃうもん」
 この怪我はルイを守ろうと、ブレナとの戦闘で負った物だ。ルイの前で弱っている姿を見せてしまえば、彼はきっと自分を責めてしまう。
 だから「甘い物が食べたいなー」なんて言って『いつも通りの元気で明るいエスタ・ヴィアン』を振る舞っていたのだが……上官には一発で見抜かれてしまったらしい。

「回復したら覚悟しとけよ。徹底的に鍛えてやるから」
「それ、脅迫にあたりません?ていうか今の話の流れで言うやつですか。しかも俺、一番の重傷者なんですけど」
「重傷者の自覚あるなら大人しくしてろ。そんでさっさと治せ」
 それならもう少し丁寧に運んでほしい……とぼやくエスタに上官は「服汚れるだけで済むよう丁寧に運んだだろ」と投げかける。確かに。どんな芸当でやってのけたのか分からないが怪我が悪化した様子はない。

 

「お前、今回の反省点言えるか」
「一個一個あげたらキリがないけど……つまるところ考えが浅かったなぁ、とは思ってます」
 ブレナとの戦闘で痛感させられた。圧倒的な経験不足、自身の詰めの甘さで窮地に陥った。あの時ルイが助けてくれなければ自分は今ここにいなかっただろう。

「分かってんならいい。手負いの獣が一番怖いんだ。死に物狂いで何するか分からんからな。そうならないよう確実に相手を無力化する……のは当然として。無力化した後も十分動けるよう、怪我と体力の消耗は最小限を心掛けろ。そいつに別の仲間がいた場合、今回みたくヘロヘロになってたら格好の餌食だ」
 その指摘に大人しく頷くことしかできない。現にあの場で今回の主犯であるニィス・ヴェントが引き返してきていたら。まともに抵抗することもできず、ルイまで危険に晒していただろう。

「だから。今後同じような状況に見舞われた際に情けない姿を晒さないよう、戦い方ってもんを叩き込んでやる。分かったらそんな怪我さっさと治せ」
 上官の発言にエスタは「うへぇ……」とあからさまに嫌そうな顔をした。上官の鍛錬はかなり手厳しい。エスタが「もう無理!今日はこれぐらいで勘弁してください!!」と音を上げようとも「甘ったれんな」と一蹴して、そこから一歩も動けなくなるまで止めないのだ。

 

「上官が直々にご指導してくれるのは嬉しいですけどもう少しお手柔らかにお願いしたいっていうか……どうせならクルベスさんと手合わせしたい」
 確かレイジもクルベスに時々鍛えてもらってたとか聞いていたので前から興味はあったのだ。それに彼なら上官みたいに人体の限界を試させるような真似はしないだろう。

「……いいのか?あの人相当やり手だぞ」
「上官がそんなこと言うなんて珍しいですね。もしかしてクルベスさんって上官より強いパターンですかー?」
 上官は「あながち間違いでもない」とエスタの言葉を否定せず、口を開く。

「一回だけサシでやった時は互角程度で終わったが……その後『息抜きもこれぐらいにしてそろそろ戻らないと』って普通に仕事に戻ったからな。あれは下手すりゃ自分より強い」
「俺、冗談で言ったんですけど!?こわっ……お医者さんになれる頭脳だけじゃなく、陰で『戦闘狂』って言われている上官と渡りあえる身体能力も持ってるとか、天は二物を与えすぎだよ……」
 恐れおののくエスタをよそに上官は「ンなふざけたあだ名で呼んだやつ教えろ。一人残らず全員しばく」と眉間に皺を寄せていた。

「たびたび『こっちの仕事もやってみないか』と誘ってんだが『そういうのはガラじゃないから』と断られる。あんな実力持ってんのに勿体無い」
「うわぁ、職場内で引き抜きが発生してる……」
 惜しいな……とため息をつく上官には少々呆れてしまうエスタ。彼がそこまで言うとはクルベスはよほどの実力なのだろう。

「まぁ、興味があるなら暇な時に手合わせしてもらうといい。念のため言っておくが業務時間中にやろうもんなら容赦なくサボりと見なすからな」
 その時は覚悟しとけよ、と上官はエスタを半ば脅すように釘を刺した。

 


 上官とエスタさんの仲は悪くない。よく怒られているけど。今回みたいに指導室まで連行されている姿はよく見られるけど。上官は多分ちゃんと可愛がってる。『問題児』って呼ぶぐらいには目をかけている。