今日はついにルイと二人きりの話し合いが行われる。話し合いをおこなうにあたってエスタさんがルイを迎えに行ってくれているため、自分は医務室でクルベスさんとともに二人が来るのを待っていた。
この話し合いが終われば、自分を知る親しい人たちとの一対一での話し合いもひと段落する。その事への緊張をほぐすため、また話し合いに向けての準備として、ノートを読み返す。自身の目線こそルイに関する内容を記載したページや父さんたちに関するページに向けられていたが、意識は先日の夢での出来事に向いていた。
『そうしたらもっと酷いことになるとしても?』
記憶を取り戻したいと願う自分に幼い自分はそう告げた。記憶を取り戻そうとする自分を咎めるように。
『思い出してどうするの?思い出したらきっとまた同じことを繰り返す』
幼い自分はまるで過去にも同じ状況に陥った事があるかのような口振りをしていた。
以前にも何かを忘れて、そしてソレを思い出してした結果、何かをしてしまったかのような――……。
以前の自分は、その『何か』を思い出した結果どうなったのだろう。何をしたのだろう。分からないけれど、きっととても良くない状態になったのだという事は想像に難くない。
もしかして思い出そうとする事自体が間違っているのではないだろうか。……思い出さないほうがいいのではないか?
「緊張してるのか?」
突然の声掛けに意識を引き戻される。自分に声を掛けてきた人物――クルベスさんは仕事の手を休めてこちらを案じていた。クルベスさんはすぐに言葉を返せないでいた自分の反応を『図星を突かれた』と思ったのか、優しく微笑んで言葉を続けた。
「まぁルイとはあんまり話が出来てないから緊張するのも無理ないだろうな。でもきっとルイもお前と同じくらい緊張してると思うぞ。だから気楽に……っていうのも難しいか。大丈夫。俺たちはみんな、お前の味方だから」
クルベスさんはこちらを安心させるように優しい笑みを浮かべる。その時、夢の中で幼い自分に告げられた言葉がよぎった。
『おかしいと思わなかった?みんな自分のことは心配してくれてるはずなのに、誰も『はやく記憶が戻るといいね』って言わないことに』
クルベスさんもエスタさんも、周りにいる人は皆そうだ。誰も自分の記憶が戻る事を願う言葉は口にしていない。
……いや、こんな事を考えるのはやめよう。彼らは自分が記憶を取り戻す事に快く協力してくれている。それは事実なんだから、その真意を疑うのは彼らに対して不誠実だ。
「クルベスさんありがとう。俺、その言葉だけですっごく嬉しいよ」
「言葉だけじゃないぞ?気持ちも目一杯込めてるからな。そうだ、今までで気になった事がないか?ルイたちが来るまで何でも答えるぞ」
話してるほうが緊張も解けるだろ、とクルベスさんは向かいのソファに座った。
「それじゃあ……俺と父さんについて一つ聞きたいな。クルベスさんから見て、俺と父さんってどこらへんが似てると思う?」
ノートに視線を落とすと父さんに関する内容が記載されているページが開かれていたので、そこから連想される質問を投げ掛ける。それにクルベスさんは「そうだなぁ……」と思案した。
「お前もジャルアもたまに突拍子もない事をするところがあるな。あと何故かそういう時に限ってとんでもない行動力を発揮する」
「そうなの……?」
「あぁ。お前自身めちゃくちゃ迷子になりやすい性質だっていうのに、ルイがこの城に来たばかりの頃、俺への相談も無く勝手に城の中を案内してたな。……あとエスタが衛兵に就任した時も同じように率先して城の案内をしたみたいだな」
そういえばエスタさんからも言われたっけ。俺はすごく迷子になりやすいって。迷子になりやすい性質なのにどうして真逆の行動を取りたがるのだろう。我ながら理解に苦しむ。
「それとずっと前に俺とお前、それにルイと一緒に街へ出掛けた時。途中でルイがはぐれた時に一人で勝手に探しに行ったりしてたか。その時は何とか二人とも無事に見つかって事なきを得たけど、こっちは生きた心地がしなかったなぁ」
「えっと……ごめんなさい」
大変なご迷惑をかけている。多分いま語られた話は序の口で似たようなエピソードは他にも山ほどあるのだろう。覚えていなくても申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「まぁどれも相手を思っての行動だったってのは分かってるけどな。そういう周囲のことを考えて行動するところとかもジャルアと似てる」
意気消沈する俺にクルベスさんは小さく笑うとこちらの頭をクシャリと撫でる。
「あとお前はどちらかというと自分のことよりも周囲の人間のことを優先して動くきらいがあるな。俺としてはもう少し自分の好きなように振る舞ってもいいと思うぞ」
「それは……父さんにも同じように思ってるの?」
クルベスさんが俺にそう思っているように、父さんにも。そう聞くとクルベスさんは少しの沈黙を挟んだ後「……まぁな」と呟いた。
ティジは前回の夢で見聞きした内容をノートにも記録しておこうかと思ったりしたけれど、結局ノートに書かなかった。
その理由としては第五章(24)『継ぎ合わせのページ-2』にて言及されている通り、ノートの内容は毎晩クルベスさんに見せているので、夢の内容を書いていたらクルベスさんに詳細を聞かれるのは確実。そこで上手く説明できる自信が無いからという事と、クルベスさんや他の人に夢の内容を知られる事が何故かどことなく後ろめたく感じてノートに書き記さなかったというわけです。