「いい?ティジ君とのお話し合いで守ることは二つ。事件のことは絶対に触れないこと。あとティジ君の様子がおかしいと思ったらすぐに俺かクルベスさんに連絡すること。ティジ君のためにもこの二つは絶対守ってね」
ルイの部屋にて。エスタの言葉にルイは深く頷く。それにエスタは「弟くんのことだから大丈夫だとは思うけれど……」と言いかけていたが、何かを思い出したのか「あ」と声をあげた。
「それと記憶操作の魔術についても教えないようにしてね。もしかしたらそこから結果的に記憶が戻っちゃう可能性もあるし……そういう事だから魔術とか魔法についてはティジ君のほうから聞かれない限りは話さないようにしてほしいな。でももしもティジ君から聞かれたら記憶操作の魔術についてだけは触れないように話す方向で……いや、でもこれも良くないのかな……?だとすると、えーっと……とりあえず!魔術について聞かれたら『自分はうまく説明できないから』で保留にして俺やクルベスさんに投げるかたちにしておいて!あとは……他にも何かあるかな……」
どこまで言ったっけ、とあたふたとするエスタ。そんな彼だったが言い聞かされた内容を熱心に覚えようとするルイの様子に言葉を止めた。
「あー……俺ってば何やってんだろ。一番大事なことを言い忘れてた」
「大事なこと?」
己の失態を恥じるように頭を抱えるエスタにルイが問いかける。それにエスタは「うん」とひとつ頷くとルイの肩に手を置いてその目を見据えた。
「ティジ君とのお話を楽しむこと。これを忘れないでいてほしいんだ」
先ほどまでの言い聞かせるような口調とは異なる、まるでお願いをするかのような声色。その言葉の意味を考えるルイにエスタは優しげに目を細めた。
「弟くん、ティジ君とちゃんと話すのは久しぶりでしょ?いつもの二人みたいに………っていうことが今の弟くんにとっては一番難しい事かもしれないけれど……それでも何だろう……このお話し合いは変に硬くならないで臨んでほしいんだ」
「そう言われても……そんなの一体どうすれば……」
曖昧な助言に困り顔を見せるルイにエスタは「そうだね、そう思うよね」と眉をへたらせる。
「素のまま、自然体でって……こんなのアドバイスにならないな……とにかく!下手に構えないでそのままの弟くんで大丈夫だよってこと!ここまで注意とか守ってほしい事とか色々言っておいて何言ってんだって思うかもしれないけど!でもティジ君と仲良くなれたのはそのままの弟くんだから。だからきっと今回のお話し合いも、ありのままの弟くんでお話したらきっと大丈夫だよ」
という会話が交わされたのがつい十分前のこと。そして今、ルイは中庭の庭園で立ち尽くしていた。
「それじゃあ……どうしよっか?」
隣に立つティジがこちらに問いかける。エスタさんは先ほど「それじゃあ終わったら連絡してね」と言って別れたのでこの場にはいない。今この場にいるのは自分とティジだけ、とどのつまり二人きりなのである。まぁこれから行われるのは『ティジとルイの二人きりのお話し合い』なので当然といえば当然なのだが。
「とりあえずー……少し歩くか。えっと……歩きながら話す感じでもいいかな」
こちらの返答にティジは「うん、いいよ」と二つ返事で頷いて並び歩く。
話し合いをおこなう場所にわざわざ庭園を選んだことには理由がある。開放的な場所なら互いの緊張も少しは和らぐのではないかと考えたのだ。それにこの庭園はティジのお気に入りの場所でもあったからだ。……今のティジにはその記憶も無いが。
「じゃあまずは簡単な自己紹介から。俺の名前はルナイル・ノア・カリア。みんなからはルイって呼ばれてる。ティジと同い年。あと親戚。誕生日は7月14日で今度の誕生日で17歳になる。……ここまでは大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「そしたら次はえーっと……あ、俺に関してクルベスやエスタさんから何か聞いてることはあったら教えてくれないか?もう聞いていることがあったら二重に説明することになるから、一応確認しておきたい」
「それならノートに書いてるからそっちを見たほうが早いかも。確かこのあたりに……」
ティジはそう言って立ち止まると手に持っていたノートを開き、該当のページを見せてきた。
クルベスと俺(ルイ)は伯父・甥の関係だという事。エスタさんはルイの兄と仲良くしていたため、その名残からエスタさんは俺のことを『弟くん』と呼んでいるのだという事。
その時、『弟くん』という呼び名の由来に関する記述の隣に何か走り書きがされている事に気がついた。
『普段は凜としているけれど、好きなお菓子を貰った時は嬉しそうに目をキラキラさせたり、足取りもどことなく軽かったりと感情表現が豊かで素直な子。少し天然なところがあって、そこは色々と心配になる。何だか放っておけない。ギュッてしたくなる。自分にとっても大切な存在』
……何だこれは?
「あ、これはエスタさんにね、『エスタさんにとってルイはどういう人?』って聞いて……それでこう答えてくれたんだ」
こちらの困惑を読み取ったのかティジが補足をする。そうか、エスタさんがそんな事を……いや、それはそうと恥ずかしいな。ここまで真っ直ぐな言葉で答えるのもエスタさんらしいけど、こちらとしてはもう少し濁した言葉で答えるとかしてほしい。
「ルイとエスタさんは仲良しなんだね」
「まぁ、うん。あー……ところでさ、少し休憩しないか。ほら、そこにベンチもあるし」
ティジの視線が心なしか温かい。その視線に何だか居た堪れない気持ちになった俺は、どうにか話題を逸らそうと近くのベンチを指し示す。すると幸いにもティジは訝しむ事なく俺の提案を受け入れてくれた。
二人並んでベンチに腰を下ろす……が、特段気の利いた話題も思いつかず互いの間に妙な沈黙が流れる。いや、そもそもこの話し合いは俺について話すことが本来の目的だろうが。話題が無いのではなく、俺が俺、つまりルナイル・ノア・カリアについて話せばいいだろ。
ルイは意気地なしな自分を心の中で叱るとそのままとつとつと自身について語り始めた。とはいえ下手に過去の思い出話をするとボロが出る可能性があるため、身長や好物、苦手な物などの大雑把な自己紹介をするだけにとどめる。そしてそれが終わると今度はティジによる質問タイムが始まった。
「ルイの一番好きなお菓子ってなに?」
「お菓子で?それなら……クッキーかな。無難かもしれないけれど。シンプルなそのままの味のクッキーが好き」
ルイの返答をノートに書き込むティジは心なしかどこか楽しそうだ。その様子に首を傾げるルイにティジは「あのね」と人懐っこい笑顔で答えた。
「さっきクルベスさんがね『今日のおやつはティジとルイの一番好きなお菓子、それもとっておきのやつを用意してるぞ』って言ってたんだ。『何が出るかは二人で考えてみなさい』って。俺はチョコレートが一番好きって聞いてるけどルイは何かなって」
そういうことか。クルベスならば俺たちの一番好きなお菓子を選ぶことなど容易だろう。しかも『とっておき』と銘打っているあたり、非常に期待が高まる。話し合いが終わったあとが俄然楽しみになってきた。
「それじゃあ次は……ルイは休日って何して過ごしてる?」
「休日は……エスタさんと話したり、たまに外に行ったりしてる。でも一人で外出するのは防犯上ダメだからこれもエスタさんと一緒に行ってるかな」
こちらの返答にティジは「なるほど」とノートに書き込む。……気のせいかもしれないがノートに『ルイとエスタさんはとっても仲良し』と書かれている気がする。確かにエスタさんとの仲は良いと思うのだが、これでは自分がエスタさんにベッタリ甘えているという印象を持たれかねない。もうじき17歳の思春期男子としてそれはあんまりにも恥ずかしい。何とかして訂正しなければ。
「クルベスとも!エスタさんだけじゃなくクルベスとも色々話したり出かけたりしてる!この間とかも確か……エスタさんの誕生日プレゼントを買いに行ったりした!ほら、さすがに本人の前で買うのはアレだし!それにクルベスならエスタさんとよく話してるから良い物を選べそうだと思って!」
どうにかこうにか頭を振り絞って「日頃からクルベスとも交流している」という内容を付け加えたがこれでは大した訂正にはならない。むしろ『エスタさんに良い誕生日プレゼント贈りたいからクルベスに同行をお願いした』なんて……自分が日頃からエスタさんをどれほど想ってるか、と主張しているようなものではないか。
……無駄な悪あがきはやめよう。俺はエスタさんを慕っている。それは事実なのだから下手に見栄を張るんじゃない。
「あとその……ティジともよく一緒に過ごしてる。というか休日はティジと一緒にいることがほとんどだったかな」
「そうなんだ。休日は俺と……」
「あぁ。一緒に勉強したり、書庫に新しい本が入ったら見に行ったり。それで何でもないような話をして過ごして……そうしてるうちにいつの間にかどっちも眠って。そんな変わった事は何も無い普通の過ごし方をしてた」
俺の話をティジは「ふむふむ」と頷きながらノートに書き加えていく。この時間だけで俺――ルナイル・ノア・カリアに関するページはだいぶ埋まった。きっとエスタさんやクルベスのページもこんな調子で書かれていったのだろう。二人のページにどのような事が書かれているのか気になるが……いやいや、本人に聞かずに勝手に見るのはさすがにダメだろ。もしかしたら繊細な話題とかそういう秘密とかあるかもしれないし。
ティジからエスタさんへの質問とその回答について。『ルイについてどう思ってる?』に対する回答はエスタさんは別にルイに見られても問題ない。むしろルイから「何ですか、あれ」と(少々お顔を赤くしながら)問い詰められても「あぁ、あれ?そのままの意味だよー。俺にとって弟くんはとーっても大切な存在だから」とムギュッと抱き締める。愛情表現が大変まっすぐで素直。
でも『クルベスさんのことはどう思ってる?』という質問に対する回答に関しては、第五章(24)『継ぎ合わせのページ-2』でも見られる通り、クルベスさんご本人に見られるのはとても恥ずかしいようです。不思議ですね。