「……もうそろそろだな」
ぽつりとレイジがこぼす。ここには時計などの時間を計れる物は無い。だが、レイジの呟きはそれが疑いようのない真実であると思わされた。
「なぁ、何とかしてお前も一緒に出られないかな」
「無理だ。お前も分かってんだろ」
みなまで言わずとも分かっている。俺とお前は生きる世界が違う。でもそれを認めたくはない。唇を噛み、しばし黙り込む。
「嫌だよ……せっかく会えたのに、まだ話したいことだって沢山あるのに……」
ようやく出たのは情けないほどの弱々しい声。それでもレイジはただ静かに耳を傾けた。
「ずっと、ずっと後悔してた……俺が旅行に行ってなかったら?お前たちと一緒に過ごすほうを選んでたら?少しでも早く帰ってきて、お前たちのところに行ってたら?何か、何か変わってたんじゃないかって」
誰にも話していない、八年前のあの日からずっと抱えていた後悔を打ち明ける。
一度口にするとどんどん溢れてきて止めることができない。こうなるって分かっていたからずっと奥底に仕舞い込んでいたのに。
「俺さ、この間お前や弟くんたちを襲った奴に会ったんだ」
八年前、レイジとその家族は白衣の男とそれに付き従ってた『18番』と呼ばれていた男に襲撃された。
先日その者たちと相まみえ、辛くも捕えることに成功したのだ。
「でも俺、全然ダメだった。結局弟くんに助けられて、弟くんを守りきれてなかった……誓ったのに、お前のかわりに弟くんたちを守るって誓ったのに……!」
突きつけられたのは自分の圧倒的な力不足。きっとクルベスさんなら危うい場面が訪れることなく守ることができただろう。
「結局、俺じゃダメなんだ……お前を守れなかっただけじゃない……こんな俺じゃあ弟くんも守れないんだよ……」
戦闘で負った傷跡が残る手のひらを膝の上で握りしめる。固く握った手の甲にポツポツと雫が落ちていった。
「……聞け」
大きなため息が聞こえる。顔を上げると深い蒼の瞳が俺を見据えていた。
「さっきからウジウジ言ってるけどな。お前は間に合ったんだ。大きな怪我を負う前にルイの元に駆けつけられた」
レイジは人差し指を突きつけると俺の額に押し当てた。
「お前がどう思ってるかは知らないけれど、お前は俺の一番大事なただ一人の弟を助けたんだ。それを忘れるな」
そう告げて人差し指で強めに額を押した。シャンとしろ、と言わんばかりに。
「……ん、分かった。変なところ見せてごめん。あとありがと」
少し小さい声でこぼし、グシグシと涙を拭う。こちらの感謝にレイジは「分かったんならいい」とぼやいた。
「ルイのこと、まかせたからな。泣かせたら承知しねぇぞ」
あと……と仏頂面で繋ぐレイジ。
「クルベスのことも見てやってくれ。お前みたいなちゃらんぽらんな奴がいたほうがあいつも気が楽だろうし」
「やっぱり心配なの?」
「口縫うぞ。あいつが元気無かったらルイが心配するからだよ。勘違いすんな」
あいかわらず素直じゃない。あ、そうだ。これは伝えておいたほうがいいかも。
「クルベスさん、お前があげたペンもちゃんと使ってるよ。すっごい大事にしてる」
クルベスさんの誕生日プレゼントに贈った紺色の軸のペン。
それを聞いたレイジは嬉しそうなホッとしたような表情をする。だが俺が見ていることに気がつくとレイジはすぐに咳払いをして「それならいい」と返した。
その様子にハハッと笑っていた俺だったが、ふと自分の体が薄く透けてきていることに気がついた。
「え!?俺が消える側!?」
こういうのってレイジが何かよく分からない光の粒となってスーッといなくなるものでは!?レイジも『あ、そういう感じなんだ』って驚いてる顔してるし。
「えーっと、レイジさん!何か言い忘れてることとか無い!?大丈夫!?」
動揺してしまってとりあえずレイジに声をかける。でもみるみるうちに自分の体が薄くなっていくさまは思ってる以上に怖い。
慌てふためく俺に少し呆れた表情のレイジは「そうだな……」と思案する。
「まぁこの際だから言っておくけど……人のことばかりじゃなくちゃんと自分のことも大切にしろ。頑張りすぎるな。お前はお前らしく、適度に肩の力を抜いていけ」
予想外のあたたかい言葉にこちらも胸がギュッとなる。クルベスさんも不意にすっごい優しい言葉を掛けてくれることがあるけれど、お前もそういうところはあるんだね……。
慌てたり胸が熱くなったりと忙しいけれど、そんなハチャメチャな感じがなんだか学生時代の頃を思い出す。
本音を言えばいつまでもここにとどまっていたい。
でもダメだ。
おれもちゃんと『今』を生きないと。
弟くんたちと一緒に進んでいかないと。
「じゃあ、あとのことは頼んだ」
「うん、了解。ばっちり頼まれた」
俺がそう返すとレイジはフッと顔を綻ばせた。
やっぱり、笑顔が一番綺麗なんだよなぁ。