雪月夜 - 3/3

 暖かなベッドの中、まどろんでいた意識を覚醒させる。目を開けると豪華絢爛な部屋で寝ていることに気付く。起き上がり、周囲を見渡すとティジ君や弟くんが眠っているのが見えた。 
 一瞬状況が飲み込めず、昨夜の記憶を遡る。

 あー……そうだ。ティジ君のお父さんであるジャルアさんが「明日は12月25日、聖なる日だ。ていうわけでパーティとお泊まり会をする」って言ったんだった。
 どうやら自分だけ旅行も学園祭も行けていないことが気になっていたらしく。で、ジャルアさんの部屋に寝具を運び込んで一緒に寝ることになったんだっけ。

 あの人ってたまにとんでもなく突発的にすごい行動力を見せるな。ところで旅行って以前、弟くんたちとクルベスさんの四人で行った温泉旅行のことだろうか。

 弟くんの穏やかな寝顔を見つめる。
 誰かさんに似た、綺麗なお顔。あいつとは違って少しあどけなさの残るその寝顔を見つめているとクルベスさんが寝室の扉の影から顔を出した。

 

「あ、もう起きちゃったか……ってどうした!?」
 弟くんたちを起こさないよう小声ではあるものの明らかに驚いた声を出すクルベスさん。首を傾げているとクルベスさんが顔を指す。それに導かれるまま自分の頬に触れると目から大粒の涙が出ていた。ギョッとしつつ慌てて袖で拭う。

「大丈夫です。ちょっとあの……目にゴミが際限なく入ってきているだけです」
 自分でも下手くそな言い訳だと思ったがクルベスさんはそれ以上掘り下げることはしなかった。そういう地味な優しさが今は嬉しい。

 ようやく落ち着いて再び顔を上げる。するとクルベスさんが綺麗にラッピングされた箱を持っていることに気がついた。

 

「……もしかしてまだ夢の中ですかね?」
「おはよう。お前の言いたいことは分かる。でも分かってくれ。これもジャルアの発案なんだ」
 聞くところによるとティジ君たちが眠っている間に枕元にプレゼントを置いちゃおう、とか何とか。
 どうやらどこかの国では良い子にしてると12月25日にプレゼントがもらえる、みたいなそういうイベントがあるらしく。それをしたかったのだそう。そしてクルベスさんはもれなく手伝わされたのだとか。
 あ、ジャルアさんがティジ君の枕元にプレゼントを置いてる。優しい顔してる。
 ティジ君の妹さんのサクラちゃん(現在留学中)にもちゃんとプレゼントを贈っているらしい。抜かりない。

 

 弟くんの枕元にもすでにプレゼントらしき物が置かれている。『じゃあクルベスさんが手に持っているのはいったい……?』と思っていたら「ん」と差し出される。
 目をパチパチと瞬かせている俺に「プレゼント」と畳み掛けた。

「え、いいんですか!?俺、良い子じゃないですよ!?」
「あげるって言ってんだから素直に貰え。ていうか『良い子じゃない』なんて言うな。お前はちゃんと良い子だから」
「うぐぅ……!起き抜け早々に破壊力バツグンなお言葉……!」
 グッと胸を詰まらせる俺にクルベスさんは「大袈裟だな」と笑う。自分の発言の破壊力にもう少し自覚を持ってほしい。

 

「……大丈夫か?」
 クルベスさんの問いかけは乱暴に擦ったせいで少し赤くなっていた目元を心配して出たものだろう。

「大丈夫です。良い夢……うん、たぶん夢。見てただけです」

 あいつに強めに小突かれた額に触れる。シャンとしないと。いや、頑張りすぎもダメだったか。俺らしく、適度に肩の力も抜いていけ、だったっけ。

「俺にも何か手伝えることってないですか。あ、そうだ。弟くんたちのベッドの周りを飾りつけたりとかどうです?」
「風船とかよく分からない飾りつけとかはジャルアがアホほど用意してる分があるけど……でもお前もいま起きたばかりだろ。もう少し寝てていいんだぞ」
 クルベスさんがそう気遣う理由も分からなくはない。だって時計はまだ早朝ともいえる時間を指している。
 でも何でか寝不足特有の頭の重さはない。……というかむしろ胸のあたりが軽い。妙にすっきりした気分だ。

 

「俺も弟くんたちをビックリさせたいんです。まかせてください。全力で弟くんたちを喜ばせちゃいますから」
 そう告げて自信満々に自分の胸を叩く。
 窓の外では雪が降りだしている。俺はその幻想的な光景に目を細め、ベッドから飛び出した。

 


 第三章の後の一幕。聖なる日にあったささやかな出来事。

 ちなみに今回のパーティは国家警備隊のエディさんは不参加です。事件の後処理やらいろんな調査でとてもバタバタしている状況だったので泣く泣く断りました。「今度なんでもない時にでも突撃するから!何ならまたクルベスを酔わすから!」という詫びをいれてます。
 クルベスさんも「あいつの思う『詫び』の概念は根本的に間違ってる。ていうか俺を巻き込むな」と呆れ顔です。