泡沫の夢 - 6/6

「何はともあれ無事に戻ってくれたみたいだな」
 ジャルアの私室にて。その部屋の主であるジャルアから事の次第を聞いたクルベスはグッタリとソファに体を預けた。

 ジャルアの話によるとティジの体は翌朝(つまり今朝)には元の16歳の状態に戻っていたのだとか。
 目を覚ましたティジは自身がシャツ一枚という格好をしていることに動揺していたが、そこは事前に決めていた『昨夜は体調を崩して寝込んでいたんだ。だから楽な格好をさせていた』と説明しておいた。

 何故自分は父と一緒に眠っていたのか、と困惑していたティジはその説明に『俺、高熱でおかしくなってたの……?』と首を傾げていたらしい。(ちなみにルイはティジが元の状態に戻ったことに安心した様子を見せていたが、少し残念そうにもしていた)

 とにかく、ティジは自分が6歳の頃の姿になっていた時の記憶はないようだ。そこが最大の懸念点だったので本当に良かった。
 これでようやく安心して寝られる、と胸を撫で下ろしていたクルベス。しかし次の瞬間、そんな彼に耳を疑う発言が飛び込んでくる。

 

「あの子から聞けたよ……あいつのこと」
「……は?」
 ジャルアの憂いを帯びた呟きにクルベスは言葉を失う。
 ギギギ、と錆びついた機械のようにぎこちない動きで体を起こすクルベスを気にかけることなく、ジャルアは話を続けた。
「いろいろ話してくれた。いつか会わせたいって……きっと仲良くなれるって言ってたんだ」
 そうなればどれほど良かったか、と声を震わせるジャルアにクルベスはようやく意識を引き戻した。

「すまん。今からめちゃくちゃナメた口きく。お前何やってんの?考え無しにもほどがある……いや、もういい。いいや。聞けたんならそれでいい。あの感じだとそれも覚えてないようだし」
 エディには「絶対に聞くな」と釘を刺していたが、まさかジャルアがしでかすとは思わなかった。ストレスでクルベスの胃が悲鳴をあげているが、こんなのはジャルアの告白に比べれば些事なので無視する。
 とりあえず話題を変えよう。思わずため息をついてしまったが、それぐらいは許してほしい。

 

「結局俺のほうでは何も分からなかった。俺のほうでは、だけど」
 クルベスはそう告げるとジャルアの前にある書類を差し出す。エディが見つけた持ち主不明の書類だ。

「誰の物かは知らんが俺の部屋にいつの間にか置かれていた。いちおう聞いておくけど、これお前の物じゃないよな」
 クルベスの質問に目の前の書類を一瞥したジャルアは「違う」と首を振った。

「これには今回、ティジの体に起きた事象の説明。あと戻った後のこと……簡単に言うとティジが保有している魔力への影響か。それがまとめられていた。しかもかなり詳細に」
「すごいな。で、合ってたのか」
 何と返すか分かっている様子のジャルアにクルベスは「あぁ」と頷く。

「ものの見事に何一つ違うことなく一致。……驚きを通り越して気味が悪いレベルだよ」
 クルベスが怪訝な表情で言うのも無理はない。
 ティジの体質についてはクルベスでさえも頭を悩ませていることであるのに、これを書き記した者はそれを十分に理解したうえで解説しているのだから。

 

「あとこの筆跡になんか見覚えあるなーって思ってたんだが……これも見てくれ」
 筆跡なんてよく覚えてるな、と別の所で感心するジャルアの前にもう一つ書類が差し出される。
 それには魔術――凍結の魔術の扱い方が書かれていた。クルベスはそちらの書類を指しながら説明をする。

「これはレイジが持っていた物。昔レイジが魔法を発現した時に、サフィオじいさんを頼ったことがあっただろ?その時にサフィオじいさんから貰った物なんだ。今回の物は少し字が乱れているけど大まかな字のクセは同じに見える」
「同じ人間が書いた……ってことか」
 今回の物と14年前に受け取った書類を並べる。文章の構成、言い回しも重なっている。

「ジャルア。念のため確認するけど、二つともサフィオじいさんの字でも無いよな」
「あぁ、父上の字じゃない。……どちらも魔術に非常に精通している者じゃないと書けないな」
 とどのつまりクルベスが言いたいのは――

「なぁ……これ、誰が書いたんだ?」
 二人して持ち主どころか作成者不明の書類を見つめるも答えは出なかった。

 ◆ ◆ ◆

「……さて」
 クルベスが去った後。少し確認したいことがあり、クルベスから借りた書類を見比べるジャルア。

 やはり同じだ。そしておそらくアレとも……。

 家族の写真や趣味の物を収めた棚の奥から仕舞い込んでいた物を取り出す。これを出すのはいつ以来だろうか。

 自分が幼い頃。突然、記憶を操る魔法が使えるようになって……でもまだ小さな子どもの自分にはこの力が扱いきれる代物ではなかった。

「あの時は父上も周囲の者にも大変な苦労を掛けてしまったな……」
 どうしようもなくなって、泣きながら人を遠ざけていた自分に父から「これならもしかしたら」と渡された物がこの書面だ。これも記憶操作の魔術の扱い方が、幼かった自分にも何とか理解できるよう噛み砕いて解説されている。

 

「……どういうことだよ」
 レイジが受け取った書類も今回の事象の詳細を記した書類も、学者ほどの……いや、それ以上の知識が無いと書けない。
 確証があったわけではない。もしかしたら、と思っただけで。

 ――自身が所有していた書面はクルベスから借りた二つの書類と同じ筆跡だった。

 ジャルアが大切に保管していたこの書類は父――サフィオから渡された。
 クルベスの話によるとレイジの物も同様に父から手渡されている。

 じゃあ今回の物は誰が?そもそも父は何年も前にこの世を去っている。しかも自分が記憶操作の魔法を発現したのは30年以上も前のこと。

 そんな昔から交流のある人物でここまで魔術に詳しい人間なんて、少なくとも自分は知らない。

 

「……とりあえずこれは返しておかないと」
 あまりに色々なことが起こりすぎて脳が処理しきれない。額に手を当てながら『書類を返すついでに痛み止めも貰っておこうか』などと考える。

 ……父はいったい何をどこまで知っていたのだろう。

 


 本日はエイプリルフールです。そんな時にしかできないようなお話。幼児化っていうシチュエーションは周囲の反応などのてんやわんや具合も含めてとても好きです。
 そういえば言及されてなかったティジの誕生日は4月3日です。ルイは7月14日。