甘酸っぱい、ありふれた思い出を君と - 2/5

 書庫にて悩み悶えるルイを発見した日から数日。

「えぇー!俺も弟くんとお出かけしたいー!ずるいですよクルベスさん!」
 そう叫ぶエスタの声は外の通路まで響き渡った。

 その日は休みだったエスタはのんびりと駄弁りたいがためにクルベスの元へと向かった。だが医務室に来てみれば「本日は夕方まで休診」という札が掛けられているではないか。『クルベスさんがいないなんて珍しい。風邪でも引いたのかな』などと考えながらクルベスの私室へと足を伸ばすと、そこには出掛ける準備を整えたクルベスとルイがいた。
『うわ、見つかった』と言いたげな表情のクルベスから話を聞くと、どうやら二人はこれから外にお出掛けするのだという。感謝の日にティジに手作りのお菓子を贈るため、レシピやら材料の買い出しに行くのだとか。

 なんて羨ましい。俺だって弟くんとお出掛けしたい。それにクルベスさんも一緒のお出掛けなんて絶対楽しいに決まってる。
 エスタはそう訴えたがクルベスは全く取り合わなかった。

「お前までついて来たらティジも連れていかないと不公平になるだろ。それは困るから二人だけで出掛けようとしたんだよ」
 それなのに何でこういう時に限って……と額に手を当てるクルベス。

「とにかく。今日のお出掛けは俺とルイの二人だけで行くんだ。エスタは留守番。たまには大人しく体を休めろ」
「そんなぁー……俺は弟くんたちと一緒にいるのが一番の休息になるのにぃー……」
 不平不満をこぼすエスタだがクルベスは構うことなくその横を素通りする。

「あとお前はいっつもルイと出掛けてんだろうが。今日ぐらいは俺に譲れ」
「……さては羨ましかったんですか?クルベスさんも弟くんとお出かけしたかった的な?」
 エスタの指摘にクルベスは無言を貫く。どうやら当たったらしい。

「へぇー?まぁ、そういう事なら今回はクルベスさんにお譲りしますよ。代わりに俺はティジ君と仲良くしとくので。やきもち焼いても知らないですよー?あ、弟くん。帰ってきたらお話聞かせてね」
 エスタはクルベスには拗ねた態度を見せながらも、ルイにはちゃっかり帰宅後の約束を取り付ける。そうして「気をつけて行くんだよー!」というエスタの声を背に二人は街へと繰り出すのであった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ルイたち一行が最初に足を運んだ場所は王宮からさほど離れていない位置に近接されている国立図書館。まずは目下の問題である『何を作るか』を決めなければならない。それが決まらない限りこの先をどう動くかも定まらないわけである。

 簡単な調べ物程度であれば王宮内の書庫で事足りる。学校の課題でより詳しい資料が必要になった時はこの国立図書館を利用する事もあるが……お菓子作りのためだけにわざわざ図書館まで出向いた経験などこれっぽっちも無い。
 詰まるところルイたちはお菓子作りに関する本がどこに収めされているか全く把握していなかったため、まずは館内地図を頼りにそれらしき分野の本が集まっている棚を探し出すことから始まった。

 国立図書館だけあってその蔵書量は目が眩むほど多い。二人とも目を凝らして『料理』に関する棚を館内地図から探し出し、道中で二つ隣の棚に間違えて到着してしまいながらも何とか目的の本棚に辿り着く事が出来た。
 だがこれはまだほんの序の口。そこから更にずらりと並んだ数多の料理本の中から初心者でも作れそうな物を探す作業が待っているのだ。

「相手はティジだ……下手な物は渡したくないけど、かといって力の入りすぎた物だとティジに重いって思われるかもしれない……ていうか本格的な物なんて作れないし……そもそも俺ってどんな物だったら作れるんだ……!?」
 ひたすらページをめくりながら一人問答をし始めるルイ。おそらく王宮の書庫でもこんな調子で迷走していたのだろう。かくいうクルベスもルイのお菓子作りの熟練度を全く把握していないため『どの程度の物なら作れるんだ……?』と頭を悩ませる始末であった。

 こういう時、エスタだったら何か良い案を出してくれるだろうか。……いや、ルイと一緒にウンウンと悩んでそうだな。エスタがお菓子作りをするイメージって無いし。そもそもあいつは料理とか出来るのか?
 そんな事を考えるクルベスの視界に、ふと見覚えのある文言が留まった。

 

「なぁルイ。これってティジが学園祭で作ってたやつじゃないか?」
 クルベスが指した先にはガトーショコラのレシピが。どうやら感謝の日の贈り物に定番のお菓子らしい。特別な型を使って成形する手間は無いうえ、飾りつけも仕上げに粉砂糖を振る程度で凝った装飾も無さそうだ。
 ルイは『もしかして意外と簡単に作れたりするのか……?』と淡い希望を持ってレシピに目を通すが……。

「無理……俺には出来そうにない……」
 チョコレートを湯せん?そもそも湯せんって何だ?メレンゲとは?メレンゲの泡を消さないようにさっくり混ぜて……混ぜたら泡は潰れるに決まってるだろ。あと『さっくり混ぜる』って何だ。もう少し具体的に言え。

 隣のページにティジが昨年作ってくれたマカロンなる物のレシピも掲載されていたので、ついでにそちらも読んでみた。
 最初から最後まで何を言っているのかさっぱり分からない。アーモンドプードルって何?何でいきなり犬の品種みたいな文言が出てくるんだ?しかもまたメレンゲが登場してるし。『マカロナージュする』とか聞いたこともない言葉で説明するな。

 ひとまずこれだけは分かった。これらのレシピは俺にはまだ早い。そう結論づけたルイは改めてティジとの実力差を叩きつけられた気がして、ガックリと肩を落とした。
 レシピにはご丁寧に『失敗しないコツ!』なんてものも併記されているが、それを読み込んでいくとかえって失敗する未来しか見えない。……ティジはこんなにも複雑な物をミスなく作り上げたのか。

「そう……だな。この辺りはちょっと難しそうだからやめといたほうが良いな。こういう物は段階を踏んでから挑戦するのであって……背伸びしすぎないで、もう少し易しいやつを探していこうか」
 クルベスの励ましがルイの胸にグサリと刺さる。そうなのだ。俺は自分の実力すら正確に測れていない。だからといって自分が唯一自信を持って作れるパンケーキを焼いて渡すのは絶対に違う。もう少し何かこう……、見栄えがちゃんとしている物を贈りたい。お菓子作り初心者が何を言ってんだという話だが。

 

 結局また振り出しに戻り、再びウンウンと唸りながらレシピを探し続ける。そんなルイに今度はクルベスが別のページを開いて差し出してきた。
 ルイは『このままだとレシピ探しだけで一日が終わるんじゃないか』と半べそをかきながら顔を向けると、そこには棒をさしたケーキにチョコレートをまとわせたお菓子のレシピが掲載されていた。

「ケーキポップっていうんだと。最初にマドレーヌを焼いて、それに棒を挿す。そんでチョコレートでコーティングして最後に飾りつけ。飾りつけ次第で見た目も華やかになるし結構良いんじゃないか?」
 クルベスの説明を聞きながらレシピを確認する。マドレーヌはまだ作ったことは無いが先ほどのガトーショコラやマカロンと比べたらまだ難易度は低そうだ。とりあえず意味不明な文言はほとんど無い。

「これなら……うん、まだいけそう。多分いけるかも。これにしようかな」
「よし、決まりだな。だとすると……次は材料の買い出しか。マドレーヌ用の小さい型とかは買う必要があるだろうし、飾りつけ用の砂糖菓子やらチョコもいるな。こういう物が揃ってそうな所は……」
 クルベスは「ふむ」と腕組みをして考え始める。その隣でルイはクルベスの顔を見上げながら彼の考えがまとまるのを待った。

 本来ならば俺が率先して動かないといけないのにクルベスのほうがテキパキと動いてる。とはいえ自分はお菓子作りの材料が手に入る店など全く知らないので力になれそうにもない。せめていまの自分に出来ることを……とりあえず他の本を棚に戻しておくか。そうして棚に本を戻す傍ら、ルイはふと考えたことを告げた。

 

「少し気になったんだけどクルベスってこういう事は慣れてるのか?なんか……お菓子作りとか」
 そういうイメージ無いけど、という言葉は飲み込む。クルベスは料理は出来るが彼がお菓子作りをする姿は何故か想像できない。普段も甘い物を好んで食べたりはしてないし。
 そんな疑問を投げかけたルイにクルベスは思考を止めて答える。

「いや、お菓子作りはした事ないな。大体こんな感じの段取りだろって思って動いてるだけ」
「へぇ、そういう感じで……そういえばこういうイベント事に自分から乗ってるイメージも無い……気がする」
「あぁー……言われてみればそうだな。誕生日はともかく、こういうイベント事に絡めて何か贈るってことは……滅多にしないな。別にそういうのが嫌いってわけじゃないぞ?ただ自分からやった経験が無くて……簡単に言うと馴染みがない」
 思い返せばティジやエスタたちから貰うばかり。後日、貰った物のお返しに菓子などを渡すことはあるが、クルベス自身は自分から何か贈ろうとした経験はほとんど無い。その点、彼の弟のセヴァはこのようなイベントは前のめりで参加するタイプだった。

「よし、良い機会だ。せっかくだし今年は俺もジャルアたちに何か贈るとするか」
「えっ、何かごめん……気ぃ遣わせたみたいで」
「ん?別にルイが謝る必要ないぞ。そのケーキポップっていうやつの材料を買うがてら良さそうな物を探すだけだし。それに他のお菓子もケーキポップの飾りつけの参考になるかもしれないだろ。大丈夫、俺のほうはそんなに時間取らせないから」
 そういう事は別に気にしていないのだが……。しかしクルベスも「じゃあ方針も決まったことだし。次行くか」と先を促す。それに反対する理由も無いのでルイはケーキポップのレシピが収録されている料理本を小脇に抱えて貸し出しカウンターへと向かった。