甘酸っぱい、ありふれた思い出を君と - 5/5

 教室でのひと騒動が落ち着いた後。あれ以上シンといたらまた乱闘騒ぎに発展しかねないと判断した俺はティジを連れて教室を飛び出した。

 なお、俺とティジは二人ともカバンを携えている。シンが絡んできた直後はカバンを忘れて飛び出しがちだったが、今回はちゃんとカバンを持って出たのである。俺だってアイツにやられっぱなしではない。日々成長しているのだ。

 そんな些細な事はさておき、俺たちは昼食の場を求めて校内を歩き回る。
 普段なら昼食はお気に入りの場所――以前ブレナ教師から教えてもらった学内でも穴場の休憩所――で摂っている。だが今は二月。冬真っ只中のこの時期に吹きっさらしの外で過ごすのは無理がある。そんな事をすればほぼ確実に風邪を引くだろう。そういうわけで俺たちは冬の間だけ適当な空き教室で昼食を摂ることにするのであった。

 そうして手近な空き教室を見つけ、料理長から持たされている昼食を広げて黙々と食べ始める。幸いにもティジは先ほどの騒動について詳細を聞き出してこようとはしなかった。シンと俺が揃って「何もない」と言ったのであれば、それ以上深入りするわけにもいかないと判断したのであろう。

 ……ティジに気を遣わせてしまった。だがティジには申し訳ないが、シンとの会話内容を知られるわけにはいかない。

 俺とティジが夜通しエッ……そういう事をしたって……そんなわけないだろ。冗談でもタチが悪い。しかも俺がスるほうとか。いや、まぁティジとそういう事をするとしたらそりゃあ俺が……ティジをその……色々する側になるというか、したいというか。たまにティジとそういう事をする夢を見てしまうけど、そこでは俺がティジをあれやこれやしてるし。……その時のティジもめちゃくちゃ可愛いけども。

 いや、そうじゃなくて!真っ昼間から俺はなに考えてんだ!ましてやティジが隣にいるのに!いい加減アホな妄想はやめろ!

 またもや熱くゆだってきた頭を冷やすため、昼食に添えられていたイチゴを口に放り込む。イチゴの甘みと爽やかな酸味が脳に染み渡り、自身のくだらない思考をいくばくか落ち着かせてくれた。

「今日のお昼はイチゴも入ってる。いつもは果物とか入ってないのに珍しいね」
「あぁ、それってたぶん今日が感謝の日だからじゃ――あっ」
 そこまで言葉にして、俺は慌てて自分の口を塞いだ。
 何をしてんだ俺は!焦って思わず口を塞いだけど感謝の日の話題ぐらい普通にしても問題ないだろ!むしろ慌てて話を止めるほうが不自然極まりないだろうが!

「えーっと……ルイ?どうしたの?」
 ティジも不審がって……いや、心配そうに見てる。だがティジはこちらを気遣ってそれ以上聞こうとはしない。

 この調子だと今日は丸一日、ティジに気を遣わせっぱなしになるかもしれない。それは本末転倒だ。目も当てられない。
 心を決めろ。このままティジを困らせ続けないためにも今ここでやるしかない。

 

「ティジ!これ……っ!」
『いつ何時、どんなタイミングで渡せるか分からないから』と思って忍ばせていた物をカバンから取り出す。そして勢いそのまま、それをティジに差し出した。

「か、感謝の日の……っ!去年、マカロンくれただろ……?だから今年はその、俺も作ろうと思って……!」
 緊張で声と手が震える。手にしているケーキポップはクルベスからの提案により、花束のようにラッピングされている。
 なお、このラッピングについて俺は「それは流石にキザすぎるのでは」と意見した。だがそれに対してクルベスは「ティジは花が好きだから結構良いんじゃないか。それにほら、見た目が華やかだと貰った時の嬉しさも倍増するだろ」と謎の持論を展開していた。まぁクルベスの言い分も多少分かる気がしたので結局この形にラッピングしたのだが。

 だが、いざ渡してみて改めて気付いた。想像以上に恥ずかしい。クルベスならこういう物も照れることなく渡せるのだろうが……俺には無理だ。恥ずかしさのほうが勝ってしまう。しかもところどころ言葉を詰まらせてるから余計に格好つかないし。穴があったら入りたい。

「ケーキポップっていうお菓子……良ければ貰ってください」
 もうすっかり自信も無くなって、最後は蚊の鳴くような声で呟く。もちろんティジの顔なんか見られないので、俯いたままケーキポップのブーケを差し出す体勢で固まっていた。

 引かれたらどうしよう。重い奴と思われたらどうしよう。ここで渡すのは時期尚早だったか?やっぱりクルベスやエスタさんもいる時に渡したほうが良かったんじゃ……?

 正直言ってもう泣きたい気持ちでいっぱいで。でも引っ込めることも出来ないでいた俺の手に、温かな手が重ねられた。
 恐る恐る顔を上げる。するとティジはふわりと朗らかな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「ありがとう。こんな素敵な物を貰えるなんて俺すっごく嬉しいよ」
 紡がれた言葉が、その笑顔が、萎縮しきっていた俺の心を優しく包み込んだ。

「う、受け取ってくれる……?」
「もちろん。あ、今ここで食べてもいい?」
 ティジの問いかけに俺はコクコクと何度も首を縦に振る。ティジは忙しない俺からケーキポップのブーケを受け取ると、その内の一本を引き抜いた。

「飾りつけもとっても綺麗。これも一つ一つ全部したんだ。凄いね」
「そんな、俺は全然凄くなんか……あ、中身はマドレーヌで……先にマドレーヌを焼いて棒に挿して……でチョコにくぐらせて最後に飾りつけって感じで作った」
 あたふたと作業工程を説明する。別に話す必要はないのだが、何か話していないと落ち着かない。

「あ、ごめん……邪魔しちゃったな。俺の話なんて気にしないで全然食べてくれていいから」
「ううん、大丈夫。それじゃあいただきます」
 ティジがケーキポップにかじりつく。『人が食べているところをまじまじと見るのは良くない』と頭では分かっているものの、不安や緊張で目を離せない。やがてその手にあったケーキポップがただの棒切れになると、ティジはふにゃりと顔を綻ばせた。

「美味しい。ケーキポップって初めて食べたけどこんなに美味しいんだね」
「よ、良かったぁ……」
 緊張から解放されて安堵の息を吐く俺にティジは可笑しそうに笑った。

「実は俺も今日のためにお菓子を作ったんだ。でもそっちはお城のほうに置いてきちゃってて。帰ったらまた渡すね」
「え、良いの!?」
 ティジからの嬉しい知らせに身を乗り出して反応する。それにティジは「もちろん。楽しみにしてて」と返した。
 ケーキポップを無事に渡せただけでも満足していたのに、ティジ手作りのお菓子まで貰えるなんて……!こんなに幸せな事が続けて起きても良いのか!?とにかく今すぐ帰りたい。午後の授業が全て休講になってくれないだろうか。

 

 俺がくだらない願望を抱く一方で、ティジはケーキポップのブーケを目を細めて見つめる。その口が小さく「懐かしいな」と動いたのを俺は見逃さなかった。

「懐かしい……?」
 ティジは先ほど『ケーキポップは初めて食べた』と言っていたはずだが……どういう事だろう。疑問を抱く俺にティジは「あ」と顔を上げた。

「昔、これと似たお菓子をじぃじと作ったんだ。棒にイチゴとかマシュマロを挿してチョコを付けたロリポップチョコ。俺が初めて作ったお菓子がそれだったんだ」
 ティジは目を細めて、当時の事を思い起こしながら続ける。

「俺もまだ小さかったから出来上がったお菓子はちょっぴり不恰好で。でもじぃじと一緒に『美味しいね』って言って食べたあの時間は今でも覚えてる」
 ケーキポップに向けられたその瞳には、かつての記憶への懐古と今は亡き祖父への淋しさが滲んでいた。

「良い思い出……なんだな」
「うん。俺にとってかけがえのない大切な思い出。だからね――」
 ティジはそこで言葉を切るとブーケからケーキポップを一つ引き出した。

 

「ルイとも、こうした思い出をたくさん作っていきたいな」
 包みを解いたケーキポップを俺の口元に差し出す。

「俺と……?」
「うん。一緒にお菓子を食べて、いろんなお話もして……たくさん笑い合う。大好きな人と一緒に過ごすそんな時間を、思い出を。ルイともっといっぱい作っていきたいな」
 ひまわりのような明るい笑顔。不安や緊張などもまとめて包んでくれる優しい声。心を安らげてくれる温かな手。それらの全てに俺は惚れたんだ。

「お、俺で良かったら喜んで。俺もティジと話す時間が……す、好きだから」
 そうやって俺は何とか言葉にするとティジから差し出されたケーキポップをぎこちなく受け取った。

 好きって言ってしまったぁ……!ティジは深く考えないでそのままの意味で受け取ってるみたいだけど!でも我ながらよく言えた!

 ヘタレな自分を心の中で褒めるも、恥ずかしさで居た堪れない。とりあえずこれ以上ボロを出してしまう前に俺はケーキポップにかじりついた。

 

「ん、意外と美味しい……?」
「ね、美味しいでしょ」
 嬉しそうに言うティジに俺はコクリと頷く。俺が口にしたケーキポップにはフリーズドライされたイチゴのフレークが掛かっていた。程よい甘さのチョコに甘酸っぱいイチゴのフレーク。そしてバターの豊かな風味が口いっぱいに広がるマドレーヌ。……予想以上に上手く出来たみたいだ。
 ケーキポップの出来に目を丸くする俺にティジは頬を緩める。

「ねぇルイ。俺、これを作った時のお話聞きたい」
「あぁ、良いよ。それと俺もティジの話が聞きたいな。ティジのお菓子作りの話、聞かせて」
「もちろん良いよ。あ、そうだ。それじゃあ俺が何を作ったのかは伏せて話すから当ててみて!」
 それから俺はケーキポップを作るに至るまでの話を、そしてティジはエスタさんと一緒にお菓子作りをした話をする。お互いが相手の事を想い合って準備を重ねた日々の話を。午後の授業の予鈴が鳴るまでの間、昼過ぎの空き教室には穏やかな時が流れるのであった。

 


 時期は幕間『ライラックの追想』あたりの出来事。番外編『チョコレート談義』から一年後となります(マカロンのくだりやティジがじぃじとお菓子作りをしたという話もそこで触れております)。
 なお、感謝の日は毎年ノリノリで参加するエディさんも今回は珍しく不参加。第三章にてティジたちがさらわれた事件についての調査や、ニィスの聴取にどうにか自分も入れないか四苦八苦している頃と重なってとてつもなく忙しいためです。番外編『雪月夜-3』で触れたジャルアさん主催の聖なる日お祝いパーティも同じ理由で参加を断念してます。次は参加出来ると良いですね。