それから時は進み、感謝の日当日。
午前の授業が終わり、昼休みを迎えた教室はガヤガヤと生徒の声で包まれている。雑談に興じる者や食堂に向かう者、各々の生徒が思い思いに動く中、ルイはぼんやりと片肘をついて教室の前方を見つめていた。彼の視線の先には教壇前で教師と話すティジの姿があった。
先ほどの授業で冬期休暇中に出された『自分の興味関心がある分野について調べ、所定のレポート用紙にまとめて発表する』という課題の結果が返却された。どうやらティジはこの課題で教師から高い評価を得たらしい。その結果を受けて、ティジは課題の評価点の詳細ならびに教師からの知見を伺っているのである。
確かティジは……魔術について調べたんだっけ。それでどういう内容だったか。思い出そうにも眠気が思考を邪魔する。授業中は我慢していたものの、ついには堪えきれずあくびが漏れ出てしまった。
「珍しいね。騎士君が寝不足なんて」
いけ好かない声。相手をするのも面倒なので聞こえなかったふりだ。だがそれでも背後の声――シン・パドラはめげずに囁き続ける。
「授業中もずーっと眠そうにしてたよね。夜遅くまでいったい何してたのかなぁ?ねぇ騎士君、教えてよ」
実を言うと昨晩ルイはティジに贈るケーキポップを作っていた。それで夜更かししてしまったうえ、朝に弱いルイはこうして眠気と戦うはめになったのだが、それをシンに教える義理はない。
「教えてくれないならこっちから当ててみようか。徹夜で勉強……は試験前でもないから違うか。本を読んでついつい夜更かし……でもないね。騎士君ってそういうタイプに見えないもん。それじゃあそれじゃあ……」
好き勝手考察し始めるシンを全く歯牙にもかけずシカトする。
シンが絡んでくるようになってから約半年。俺はようやくコイツの扱い方が分かった。いちいち反応するから調子に乗るのだ。こちらが一切反応しなければ向こうもそのうち諦めるはず。
それより早くティジも戻って来ないかな。そうしたらこんなバカは放ってさっさと昼食に行けるのに。
そんな思いでティジを見遣ると、どうやらちょうど話が終わったらしく、教師に「ありがとうございます」と礼を言っているところだった。良かった。このくだらないやり取りからようやく解放される。
「今日の騎士君は静かだねぇ。それとも声が出にくいとか?あ、もしかして……騎士君が寝不足な理由が分かったぞぉ?」
いったいどんなしょうもない事を思いついたのやら。そう呆れる俺にシンは顔を寄せてぼそりと囁いた。
「昨日、夜遅くまでティジ君とエッチな事してたんでしょ。それで寝不足ってわけか」
やっらしー、と小馬鹿にしたような声。
その言葉の意味を理解し、その状況を想像した瞬間。火がついたかのように、顔から一気に熱が噴き出した。
「はぁ!?なに……っ、お前なにバカな事言ってんだ!?そんなわけねぇだろ!!」
捲し立てながら振り返る。するとシンは予想通りヘラヘラと卑しい笑みを浮かべていた。
「あれれ?その慌てよう、もしかして図星?二人ともとーっても仲良しだとは思ってたけどそんな事までする関係だったなんて意外。やっぱり騎士君がスるほう?シてる最中のティジ君は可愛かった?」
「違うっつってんだろ!今すぐ黙れ!じゃないとテメェの頭をカチ割るぞ!!」
シンの胸ぐらを掴んで脅すが、奴はヒューと口笛を吹いて冷やかす。いい度胸だ。そのへらず口、すぐさま黙らせてやる。
「顔真っ赤っかにしちゃって騎士君ってば分かりやすーい。ティジ君の可愛い姿は他の誰にも知られたくないってやつ?独占欲が強いねぇ。ずるーい。ティジ君の可愛い姿、俺も見てみたーい」
なおもほざくシンの顔を掴んで無理やり口を塞ぐ。そうして胸ぐらを掴んでいた手を離し、拳を握り締めたその時、バタバタと慌ただしい足音が割って入ってきた。
「待って待って!ルイ、それにシン君も!いったいどうしたの!?」
今まさに殴りかかろうとする俺をティジはアタフタと止める。「とにかく一旦落ち着いて」というティジの慌てぶりに、俺はここがどこであるかを思い出した。
学校で暴力沙汰は御法度だ。そんな事をすれば停学は免れない。どんなに、むかつく、相手でも。殴ったらダメだ。先に手を出したら負けだ。そうだ、こんな奴のために停学になるのは馬鹿げてる。
深呼吸だ。いったん落ち着け。あとシンの顔を見ていたらまた殴りたくなってくるから視界に入れないようにしよう。
制服の襟を正すシンから俺は思いっきり体を背けて深呼吸を繰り返す。そうして俺の怒りがようやく鎮まってきた頃合いでティジは恐る恐る問いかけた。
「それで……いったい何があってこうなったの?」
「んー……何も?」
「……何も」
シンはニヤニヤと、俺は仏頂面で答える。直前までの様子と打って変わって同じ答えを返す俺たちにティジは「えぇ……?」と困惑するのであった。