夢うつつの春うさぎ - 6/8

 クルベスから「ティジと一緒に寝てくれ」という頼みを引き受けて以降、ルイの頭の中は『このあとウサギ姿のティジと寝るんだ』という考えでいっぱいだった。

 緊張でティジの顔を見られず、また夕食もろくに喉を通らない。何をするにもこの後のことが頭の中をチラついてしまう。言い換えれば恋焦がれている相手と共寝をするという事だ。いや、昨夜も雷に怯えるティジに寄り添って一緒に寝たが。

 だがそれとは明らかに状況が異なる。『ウサ耳を生やしたティジと一緒に寝るんだぞ!?あんな、見ているだけでも可愛くてしょうがないのに……一緒に寝る!?どうにかなるんじゃ……どうにかしてしまうんじゃないか!?』と、そんな考えで頭が埋め尽くされて。

 気がつけば寝る準備もすっかり終わって、ティジの部屋――その大きなベッドの上に座っていた。

 

 ベッドのヘッドボードに背を預けて座るルイは横に視線を動かし、肩を並べて座るティジを見遣る。自分と同じくパジャマに着替えたティジは熱心に読書にふけっていた。
 ティジが手にしている本はウサギの生態と行動心理について書かれた物で。夕食前に書庫から借りてきたその本をティジは夢中になって読んでいた。その表情は楽しげで、まるで緊張していない。体がガチガチになっている自分とは正反対だ。

「ウサギは薄明薄暮性っていう習性なんだって。明け方と夕方に活発になるみたい。日中や夜に活動する肉食動物生と鉢合わせないためにって。凄いね」
「へぇ……ウサギも大変なんだな」
 感心するティジにルイは生返事で返す。とてもそれどころではないからだ。あぁ、もういっそのこと先に寝てしまおうか。いやいや、クルベスから『出来るだけ昨日の状況を再現してくれ』と頼まれたのだから俺だけ先に寝たらダメだろ。

「なぁティジ。もう寝ない……そろそろ寝たほうがいいんじゃないか。明日のためにもちゃんと寝たほうがいいし」
 ルイは『もう寝ないか』と言いかけて慌てて言葉を変える。『もう寝ないか』だとまるでこちらがせがんでいるように思えたからだ。ティジはルイが言い直したことに疑念を抱く様子もなく、「そうだね」と本を閉じた。

 ベッドに入るティジにならって、ルイも体を横たえる。ルイは仰向けに寝転がり、真っ直ぐと天井を見上げるが、左隣から伝わる温もりでその存在を意識してしまう。
 こんな状況で寝られるわけがない。だが寝なければ明日に響く。窮地に追い詰められたルイは『落ち着け落ち着け。意識するな。無心だ。無の境地に達するんだ、俺』と心の中で唱えていると、同じ体勢で寝転がっていたティジが「ねぇルイ」と呟いた。

 

「ちょっと考えたんだけどさ。もしもみんなが俺みたいに動物の姿になったらどんな姿になると思う?」
「みんなって……エスタさんとかクルベスとか?」
 聞き返すルイにティジは「うん」と、ルイのほうへと半身を傾けながら頷く。

「俺が考えた感じだとエスタさんは犬かな。すごく元気で、よく笑ってて。一緒に外へお出かけした時は色んなお話をしながらどんどん引っ張ってくれる。何ていうか大型犬みたい」
 ティジの話に耳を傾けながら、犬の耳としっぽを生やしたエスタの姿を思い描く。耳をピンと立てて、ふさふさのしっぽを千切れんばかりに振る姿が容易に浮かぶ。ルイはティジと向かい合うように寝返りを打ちながら「確かに犬っぽい」と笑顔をこぼした。

「クーさんは……いつも堂々としてて、すっごく頼りになる。みんなのことを大事に思ってて……それにとっても強い。だからオオカミかな」
「あぁ……オオカミ。うん、そんな感じするな」
 ルイはオオカミの耳としっぽを生やしたクルベスの姿を想像して『結構似合いそうだ』と納得する。確かオオカミは群れを大事にする生き物だったはず。うん、家族思いのクルベスにぴったりだ。

「あ、でも背が大きいって観点からすると……ゾウとかもあるかも……?」
「っ、ふ、はは……!ゾウ、確かに大きいけど……でもゾウって……!」
 ティジの発言でルイはゾウのように長い鼻を生やしたクルベスを想像する。平たく大きい耳、長〜く伸びたゾウの鼻。普段の凛々しい印象とかけ離れた、間の抜けた姿にルイはたまらず吹き出す。ツボにはまって笑い転けていると、ティジが「そんなに笑わなくても……」といじけてしまったのでルイは「ごめんごめん」と謝った。

「それで……ルイは最初は猫かなって思ったんだ。でも少し違う気がして。どちらかと言うとエスタさんと同じ犬って感じ?」
「……俺とエスタさんは結構違うと思うけど」
 気さくで人懐っこく、いつだって元気溌剌としたエスタと自分はまるで共通点が見られない。というか正反対だ。むしろティジのほうがエスタと近しい点が多いだろう。ルイが異論を唱えるとティジは「うーん」と首を捻った。

「けどルイって普段のふとした時に……何となくそういう仕草があるっていうか。具体的にどう言ったらいいか分からないけど、でも犬っぽい感じがして……」
 うむむ、と唸るティジにルイは『俺って普段そんな事してたか?』と考えながら次の言葉を待つ。するとティジは何か思い出したのか「あ!」と声をあげた。

 

「起きた時!一緒に寝た次の日に、起きたらルイがギューって抱きしめてるんだけど、その様子が犬みたいだなーって!」
「げほ……っ!え、抱き、抱きしめ……?」
 聞き返すルイにティジは「うん!」と無邪気に頷いて続ける。

「こうやって一緒に寝ていて、ルイがこんな感じでギューってしてるんだ。目を覚ましたらいつもそう。起きたらちょっとビックリするけどすごく気持ち良さそうに寝てるからきっと落ち着くんだろうなーって」
 ティジは自身の腕をルイの背中に回し、これでもかというぐらい体を密着させる。衣服越しに彼の体温が伝わってくる。そういえば日中に読んだウサギの飼育本には『ウサギの体温は38度から40度程度』と書かれていた。『だからこんなに温かいのか』と意識を逸らそうとするが、そんなことを考えても状況は何ひとつ変わらない。

 白い髪に映える、クリッとした紅い瞳がこちらを見つめる。薄桃色に淡く色づいた頬。そして柔らかそうな唇。それらの全てが間近に迫る。ごくり、とルイは生唾を飲んだ。

「こ、こんな感じ……?」
 ティジがそうしたように、ルイも自身の腕を伸ばし、そのままぎこちない動きでティジの体を抱いた。ただでさえ近かった距離がさらに狭まる。少し頑張ればティジの唇と接触事故を起こせそ……起こしてしまいそうだ。

「こうしてるとみんなで旅行に行った時のことを思い出すなぁ。こんなふうに一緒に寝っ転がって色んなお話をして。外でお泊まりしたことはなかったからすっごく楽しかった」
「ん、あぁ……楽しかったな」
 目のやり場に困ったため、ひとまずその場しのぎにウサ耳に視線を投げる。日中はあちらこちらへ動いていたウサ耳は今はすっかり大人しくなって、ベッドの上に力無く投げ出されている。その様子にルイは『昼はあんなに元気よく動いていたのに何故?』と疑問を抱く。が、そこで再び日中に読んだウサギの飼育本の内容を思い出した。

 そういえばウサギの耳がペタリと倒れている時は安心しきってる状態なのだと書いてあった。
 ということはつまり、この状況はティジにとって落ち着く状況ってことか?俺と一緒にいて安心するってこと……?あぁ、くそっ!可愛い!なんだっていうんだ!何から何まで全部可愛いじゃないか!

 

「今度は父さんとサクラも一緒に連れて行きたいな。きっとすごく喜ぶしもっと楽しくなると思う」
「そ、そうだな……」
 このままだと「可愛い」とか「好き」など口走ってしまうのも時間の問題だ。かといって抱きしめた状態では顔を背けることも出来ないため、ルイは苦肉の策として目をつむることにした。

 だが視界が封じられたことでその他の感覚がかえって鋭くなってしまい、それまで意識していなかったティジの緩やかな心音がトクトクと衣服を越して伝わる。対するルイの心臓はドッドッドッと早鐘をつくように激しく鳴っていた。

 ティジに気付かれていないだろうか。いや、こんなに密着しているのだから気付かないはずがない。もしや気を遣って何も言わないでいてくれているのか。

 それに対して俺は何だ。据え膳だと言わんばかりに抱きしめるとか。こんなの悪ふざけでは済まされない。……俺はいったい何をやってるんだ。この気持ちはティジに伝えない、と決めたはずだろ。

 自分の欲を優先した愚かな行為に、ティジへの申し訳ない気持ちで埋め尽くされる。もう寝よう。緊張で寝られるかどうか分からないが、可及的速やかにこの体勢を解いてさっさと寝なければ。
 ルイはひとり脳内会議を終えて一つの結論を導き出すと、意を決して目を開けた。

 

「ティジ、もう寝よ――って寝てる……!?」
 ルイが目を開くと、すぐ目の前にあるティジの目は伏せられ、すぅすぅスヤスヤとこれ以上になく気持ち良さそうに眠っていた。

 この状況で寝るか!?いや、俺も「もう寝よう」って言おうとしたけれど!でもここまであっさり寝られると少しつらい……いや、でもこれは好都合だ。今のうちにティジの手を解いて体勢を変えよう。そうしないと緊張して寝られない。

 そう考え、無理矢理自分を納得させたルイはティジの手を離そうとする。が、その手は予想以上にルイのシャツをしっかりと掴んでいるようで一向に取れる様子がない。

 どうにか取れないものかとしばらく格闘していたものの、ついには諦めてルイは先ほどと同じようにティジの体に腕を回して抱き寄せた。他に腕の置き場所が無かったからである。下心などは断じて無い。『結構細いな』とか『抱きしめたらこんな感じなんだ』とか改めて色々と意識してしまうがそれだけだ。よこしまな思いなど、これっぽっちも、無い。無いったら無いのである。

 兎にも角にも寝なければ。自分が抱いているのは枕だ。人っぽいカタチをしているだけの大きな抱き枕。少し暖かくて抱き心地がいいだけの……いやいや、余計なことを考えるんじゃない!目を閉じて平静を保て!現時点で全然平静じゃないけど!到底落ち着きそうにないけれど!でも寝ないと!これ以上起きてたら明日に響くから!寝ろ!寝てくれ!!お願いだから!!

 ルイはこの状況に浮かれ切ってる自分と戦いながら、グッと強く目を閉じたのであった。