夢うつつの春うさぎ - 4/8

「なるほどな。つまりティジのその格好は手の込んだ冗談じゃないって事だな。よーく分かった」
 朝食の席にて。ジャルアはクルベスによる状況説明に「なるほどなるほど」としきりに頷く。その返答にクルベスは『本当に分かったのか……?』と怪訝な表情を浮かべるも、それ以上追求する事なく「まぁそういう事だ」と返すことにした。

 なおクルベスからの説明に耳を傾けている間、ジャルアはティジの頭ならびにウサ耳を撫で続けていた。突然の父の行動にティジも初めは戸惑っていたものの、その手にされるがまま撫でられ続けた。心なしかティジの顔には喜びが滲んでいるように見えた。

 

「で、この後俺たちはティジたちと書庫に出向いて『春の祭り』とかそこら辺を調べる予定だ」
「そうか。じゃあ俺もついていくわ」
「何でだよ」
 ジャルアの言葉にクルベスは思わずツッコミを入れる。それにジャルアはムッと眉間にシワを寄せた。

「何でって……自分の子どものピンチだぞ?それに調べ物なら人手だって必要だろ。今はエスタ君が調べてくれてるようだけど、あの子にばっかり負担を掛けるのも悪いし、それなら俺も手伝ってやろうかなーって。なぁ、ティジ。ティジも父親が一緒に居てくれたほうが安心するよなー?」
 そう言ってジャルアはティジに同意を求める。ティジはそれに頷きかけたが、クルベスからの圧を感じて「えっと……」と眉尻を下げるにとどめた。

 ちなみにジャルアの言葉通りエスタは今この場にはいない。彼はあくまでも一般の衛兵。王室とは無関係の者であるため、朝食に同席することはできないのだ。
 だがしかし、朝食が終わるまで何もせずにただ待っているだけというのも耐えられなかったため「俺は一足先に書庫に行っておきますね!クルベスさんたちが来るまでにバッチリ調べ上げちゃいますから、どうぞごゆっくり朝食を楽しんでくださーい!」と敬礼をしながら走り去っていった。
 元気なのは良いことだが、張り切りすぎて空回ったりしないか心配になる。……まぁ何かあってもエスタならば持ち前の明るさと元気で何とか乗り切るだろう。それよりもこの破天荒な王様の説得をしなければ。こちらのほうが大問題だ。この突飛な行動癖は今に始まったことではないが、それに付き合わされる身にもなってほしい。

 クルベスはハァと深いため息を吐くと、ティジの頭を撫で回すジャルアに鋭い眼光を向けた。

「とにかく。ティジのことはこっちで何とかするからお前は自分の仕事をやれ。調べ物は他のやつでも出来るが、国王の仕事はお前しか出来ないんだぞ」
「仕事は明日に回す。だーいじょうぶ大丈夫。一日ぐらい休んでも平気だって。国民の休日があるんだから国王の休日だってあってもいいだろ。俺だって楽しい事したーい」
「お前が休んだら国が大変なの!そっちのほうがティジの気が休まらないだろうが!」

 

 

 ……という一悶着を挟み、クルベスたちはようやく書庫へと到着した。その中にジャルアの姿は無い。最終的にクルベスの説得に折れて、国王としての責務に務めることとなったからだ。その時のジャルアの表情は不服そのものであったが「……あとで話聞かせろよ。絶対だから。これ国王命令だからな」と言って送り出したのであった。

 余談はさておき、先んじて調べ物に励んでいたエスタはクルベスらを目にすると、まるで大型犬のように駆け寄ってきた。

「あ、来ましたねクルベスさん!お待ちしてました……って何やらお疲れです?」
「あぁ、まぁ……色々あってな。だがもう解決したから問題ない」
「はぁ、それなら良いんですけど……?」
 首を傾げるエスタに、クルベスは『あいつもお前みたいに聞き分けが良かったらなぁ……』と思わずにはいられなかった。

「それでどうだ。何か分かったか」
「あぁ、まぁその……色々と頑張って探してみたんですが……えー……俺、勉強だけでなく調べ物も苦手だってことが分かりました」
 クルベスの質問にエスタはばつが悪そうに視線を逸らす。結果は散々だったらしい。

「探し方にはコツがあるんだよ。目星もつけないでいきなり探そうとすると何を探そうとしたのかわからなくなる可能性があるから、まずはいま知りたい事をまとめてそれを細分化……ってそういえば昔、同じことをレイジにも言ったな」
「え、本当ですか。うわぁ、あいつと同じって何か嬉しい」
 浮かれるエスタにクルベスは「良かったな」と告げる。だがレイジに探し方のコツを教えた時、確かあの子は九歳だった。つまり探し方に関してエスタは九歳の子どもと同じレベルになるのだが……。クルベスはそこまで考えたものの『いや、本人が喜んでいるんだから黙っておくか』とあたたかい目を向けるだけにしておいた。

 

 さて、クルベスから貰い受けた助言を頭にティジたちは資料集めに勤しむ。なおクルベスはそれと並行してティジの血液を分析し、体内の数値に異常は見られないか、またそこから解決の糸口に繋がるものは無いかという調査も進めることとなっている。これにはクルベスも『自分がもう一人いたらいいのに』と嘆きたくなったがそんなことを言っても状況は何も変わらないので、涙を呑んで粛々と作業を進めることとした。

「あ、ティジ。それ俺が取るよ」
 高い位置に収められた本を引き出そうとするティジを止めて、ルイは代わりに目的の本へと手を伸ばす。ちなみにティジの気持ちを尊重して日頃はなるべく触れないようにしているのだが、身長に関してはルイのほうが若干高い。ルイから本を受け取ったティジは「ありがとう」と言いながらも『俺ももう少し背が高かったらなぁ……』と思わずにはいられなかった。

 ティジがそんな事を考えているとは露知らずのルイは目の前にある大きなウサギの耳にジッと目を落とす。
 現在ティジは人目を引かぬよう、パーカーを着込み、そのフードを目深に被っている。だがそれでもその大きなウサ耳は隠しきれず耳の先端部分はフードから飛び出してしまっていた。チラリと覗くウサ耳はティジの動きと連動して、ひょこひょこと絶え間なく動いている。恋焦がれている相手のそんな姿を見せつけられて。ルイの頭の中は『可愛い』という言葉で埋め尽くされていた。

「あ、春のお祭りのモチーフにウサギが選ばれた理由、ここに書いてある。ウサギは多産で繁殖力があるから、繁栄や生命力のイメージとして選ばれたんじゃないかって」
「へぇ……そうなんだ」
「あと他にも神話からとか……チョコレートの販売がきっかけって説もある……!こんなところでチョコレートが出てくるなんて意外……!」
 無類のチョコ好きであるティジは目をキラキラと輝かせて本の内容を読み耽る。無邪気にはしゃぐティジの一方でルイは先ほどの文言から意識が離れなかった。

 多産。繁殖。決していかがわしい言葉ではないのに、ルイの頭の中ではいやらしい妄想が膨らんでしまう。……いやいや、待て。落ち着くんだ。こんな真っ昼間から何を考えてんだ。しかもすぐそばにティジがいるのに。こんな事を考えてたとティジに知られたら幻滅されるぞ。

 

『何か別の事をして意識を逸らそう』とルイは本棚からウサギの生態について書かれた本を流し読みし始める。パラパラと流し読みしていくうちに先ほどティジが触れていた『ウサギの繁殖力」について解説されたページを見つけた。よこしまな考えなどは断じて無いが、何となく興味を引かれたのでルイはその文章を黙読した。

 ウサギは一年中繁殖が可能。一度に産まれる数は四匹から……十匹!?そりゃ凄いな。繁殖力が高いって言われるだけある。……ん、なになに?『野生のウサギの繁殖期は基本的に春と決まっているが、飼育下のウサギは年中発情期が訪れる』と。へぇ、年中……そうなんだ。年中……発情期……。

 ちらりと隣にいるティジに目を向ける。相変わらず忙しく動く大きなウサギの耳。……そういえばあの見るからに触り心地の良さそうなしっぽのほうはどうなってるんだろう。
 ふと気になってまた本の内容をパラパラと流し読んでいくと『ウサギは嬉しい時や楽しい時にしっぽを振ることがある』という解説を見つけた。それなら今は隠れて見えないけど、あのフワフワのしっぽも服の下でフルフルと揺れてるのだろう。

 想像を膨らませているとふと、クルベスにしっぽに触れられた時にあげたティジの甲高い声が、反応がルイの脳裏によぎった。

 驚いたように目を見開きながらもわずかに赤みがさしている頬。どことなく甘い、艶を帯びた声。くすぐったい、とは少し違う……繊細な部分に触れられたかのような、そんな反応だった。もしかしてあの時ティジが受けた感覚って……。

 

「――……イ、ルイ。ねぇルイ!」
「え!?あ、なに?どうかしたか?」
 ティジの呼びかけにルイはハッと意識を引き戻す。ティジはこちらを心配するように覗き込んでいる。身長差により必然的に上目遣いとなっているティジに、ルイはこの上なく動揺しながら慎重に距離を取った。

「いや、俺のほうをジーッと見てたから。何か気になることでもあったのかなーって。あ、それとも何か良い情報でも見つけた?」
「あ……あー……えっと、ごめん。ちょっとボーッとしてた。あんまりこれといった情報は無かった……と思う。たぶん」
 こちらをまっすぐに見つめるティジの視線に居た堪れなくなり、というより申し訳なくなり、ルイは顔を逸らした。よもやティジとの情事を思い描いたなどとは口が裂けても言えなかった。

 

 

「ティジ君のあのおっきなお耳……見てたら撫でたくなりません?何だろう……無性に撫でたくなるというか……なんかクルベスさんの気持ちが分かった気がします」
 かき集めた資料や関連書籍をひろげたテーブルの前でエスタはぽつりとこぼす。その視線の先には資料集めに仲良く励むティジたちの姿があった。

「何でそれで俺の気持ちが分かったと思うんだ。俺は関係ないだろ」
 クルベスは集めた書籍を分類ごとに分けながら返事をする。だがその返しにエスタは「えっ」と目を丸くした。

「いやいや……だってクルベスさん、よく人の頭を撫でてるじゃないですか。弟くんとかティジ君とかしょっちゅう撫でられてますし。で、そうする時のクルベスさんの気持ちが何となくこんな感じなのかな〜と、今まさに分かった気がしたんです」
「……言うほど撫でてはないだろ」
 クルベスはバツが悪くなり否定したものの、以前にも同様の指摘をティジとルイから受けた事を思い出す。その際にも今と同じように返したが、ルイが心底驚いていたような気がする。
 体裁を保つため一度は否定してみたものの少々自信を失うクルベスに、エスタは「いやいや」と大袈裟に手を振って反論する。

「言うほど撫でてますよ。酔った時とかこれでもかってぐらい撫でくり回されましたし。ぶっちゃけ今も撫でたくてしょうがなかったりしません?」
「大人をからかうな。ほら、無駄話はほどほどにして手を進める」
 クルベスはエスタの問いには答えず、手近にあった本を押しつける。質問に答えなかったことにエスタは頬を膨らすも「はーい」と言って本を開いた。

 

 エスタには日頃、読書をする習慣が無い。そんな彼にとって本を一冊読み終えるという行為は大変な重労働であった。しかも今回はそれだけで終わらない。そこからさらに必要な情報も見つけ出さねばならないのだ。こんなに頭を使ったのは久しぶりだ。エスタの頭の中に『頑張れば知恵熱を出せるのでは?』という冗談が浮かんだが、本業がお医者様のクルベスにそんなことを言っても冷静に否定されるだけなので、黙々と調べ物を進めることにした。

 提出日を勘違いして半泣きになりながら課題を進めていた学生時代の苦い記憶や、レイジと度々おこなっていた勉強会のことなどを思い出したりしながら、エスタはようやっと一冊の本を読み終える。
 ふぅ、と息を吐きながら息抜きがてらクルベスに目を向けると、彼はちょうど三冊目の本を読み終えたところであった。その手元には情報が綺麗にまとまったメモ書きが。対して自分のメモは……稚拙ここに極まれり。これが衛兵と医者の差か。いや、ただ単純に自分の要領が悪いだけだ。

「……そっちも手伝おうか?」
「いえ、自分でやります。もう少し頑張らせてください」
 エスタの視線を救難信号だと考えたのかクルベスは遠慮がちに問いかける。だがそれにエスタは少々意地を張って応えると次の本へと手を伸ばした。ふん、と鼻を鳴らして本を開く彼にクルベスは「そうか……難しかったらいつでも言ってくれよ」と告げて再び自身の本に目を落とす。

 それから若干の沈黙。クルベスが四冊目の本の三割ほどに目を通したところでエスタは「あのー……」と口を開いた。

「どうした、一旦休憩するか?」
「あ、そっちじゃなくてですね。思ったんですけど……ティジ君がああなっちゃったのって、この間のことと関係あったりするんですかね」
 エスタは本から顔を上げて、チラリとティジたちのいる方向を一瞥する。そして「あの、ティジ君が小さくなっちゃったやつ」と呟いた。

 

 あれはつい一週間ほど前のこと。その日、突如としてティジが六歳の頃の姿になるという珍事が発生したのだ。
 身体組織はおろか、記憶までも十一年前の状態に戻るという常識外れの異常事態。クルベスは原因の究明に奔走、またエスタは不用意な接触を防ぐために見張りに従事、そしてルイはティジが勝手に出歩くことのないよう丸一日相手をするなどの対応に追われた。

 その後ティジは翌朝には元の姿に戻ったため事なきを得たが、結局何故そうなったのかは分からずじまい。またティジ本人は六歳の頃の姿になっていた時の記憶も全く無かったため、この出来事については関係者たちの記憶の中だけにとどめ、表向きは無かったこととして処理された。それゆえにティジの前でこの話題を持ち出すことは御法度となったのである。
 ちなみにクルベスはこの出来事について、医者でありながら原因を究明することが出来なかったことを悔やんでいるらしい。夜な夜な「医者の名折れだ……」とひとり落ち込んでいるとか。

 あの出来事もまだ記憶に新しいというのに、そう日も経たないうちに今回の出来事が発生した。この二つの出来事は互いに関係しているのではないか、と考えてもおかしくはない。

 とはいえ、エスタですらその考えに至ったのだ。当然クルベスもその可能性を考えているのでる。クルベスは長く息を吐くと、物憂げに目を伏せて応えた。

 

「今のところは何とも言えないな。判断材料になり得る物があまりにも少なすぎる」
「ですよねー……。それを見つけるために今こうして色々探してるっていうのに。作業のお邪魔をしてしまってすみません」
「いや、良い息抜きになったよ。黙って探してるだけだと疲れるからな。こうして話してるのも良い気分転換になる」
 微笑むクルベスにエスタは「それなら良かった」とホッと息を吐く。実のところ、エスタはクルベスたちより先行して資料集めに取り掛かっていたことに加えて、慣れない資料探しで疲弊していたため、少しばかり休息が欲しいと考えていたのだ。休息の具体例を挙げるとするならば、今しがた交わしたような雑談や……欲を言えばルイに抱きついてひたすら甘えて甘やかして癒されたい。そんな考えが浮かぶ程度にエスタの脳は疲労していた。

「やっぱり一度ティジたちと合流するか。向こうでも何か良い情報が得られてるかもしれないし」
 エスタなりに隠していたもののどうやらクルベスはそれすら見透かしたらしい。そんな彼をエスタは『さすがクルベスさん。察する力がピカイチ』と心の中で賞賛するのであった。