chapter.1

  • 01.青空の下で

     なだらかな丘に心地よい風が吹き抜け、自身の白く透き通った髪がなびく。空を照らす暖かな陽光にその紅い瞳を閉じた。 鼻をくすぐる青草の香り。ほのかに土の香りも混ざる。 自分が生まれる前からここは何一つ変わってないように思える。この空間だけ時の…

  • 02.大人しく

    「ティジ!」 慌ただしい足音の後、医務室の扉が勢いよく開け放たれた。「おい、そんな開け方したらドア壊れるだろうが」 医務室に飛び込んできた人物をクルベスが見咎める。「ケガ、したって聞いて……っ」「大したケガじゃないから大丈夫だよ。クーさんの…

  • 03.いつかの夢

     庭園の一角に白いベンチが置かれている。そこに座ると咲き誇る花たちと吹き抜ける風が心地よくて。僕の一番のお気に入りの場所だ。 その日、僕はそこで泣いていた。 どれぐらいの時間、そうしていたか分からない。隣に寄り添うルイが心配そうにしている。…

  • 04.となり

     やっぱり夜になると少し肌寒いな……。 クルベスの私室へと向かうルイは少し肩を震わせながら歩んでいた。 日中は陽光が射し活気のあった城内も23時をまわると人の気配はすっかりなくなり、ひんやりとした空気に包まれている。灯りは申し訳程度の心許な…

  • 05.相対

     大通りを行き交う人々に目をむける。平日の昼間といえどその人の多さに驚きながらも、ティジはホッと息をついた。 ――これなら見つからずにすむかもしれない、と。 この間のルイ、どことなく上の空って感じだった。 おそらく、いや確実にレイジのことが…

  • 06.夕暮れと宵闇の狭間で

    「……よく来たね。そこに椅子があるから掛けるといい」 病室の扉を開け、一目で分かった。 ――ちがう。姿は同じでもこの人はあの日墓地で襲いかかってきた人とは似て非なる者だ。 それならばベッドに横たわり、ティジに椅子を勧めてきたこの人物は何なの…

  • 07.転調-1

     あれは今から8年前のこと。 俺、レイジ・ステイ・カリアは両親と8歳の弟のルイと一緒に平穏そのものな日々を過ごしていた。あの日もいつもと変わらないなんてことのない休日だった。「レイジももう15歳かぁ。将来なりたいものってあるのか?」 以前何…

  • 08.転調-2

     15年の時を共に過ごした自分の部屋。 机の上には開きっぱなしのノートが置かれ、本棚には魔術に関する書籍が並べられている。自分なりに、この力のことを理解しようとした名残だ。ルイが怖い夢を見たという日には一緒に寝たベッド。 そのどれもが、俺と…

  • 09.夜の帳が下りる頃

    「それからも実験の日々は続いた。人を殺すことはあれ以来無かったけど、徐々に『俺』が……『レイジ』の意識がなくなる頻度は増えていったんだ。4年前のことも、この間の墓地でのことも、俺は、何もできなかった……!」 レイジは手で顔を覆い、懺悔をする…

  • 10.四年前

     ――それは、4年前のことだった。 先月、僕 ティルジア・ルエ・レリリアンは12歳になった。来年から中等部に入る。もちろんルイも一緒の学校だ。中等部ってだけで少し大人になった気分になる、と浮き足だっているのを見てクーさんは『中等部に入るのは…

  • 11.彼の人の行方

    「……ぅ」 重いまぶたを上げる。辺りは暗く、視界がきかない。自分が今、後ろ手に縛られ床に転がされていることだけは理解できた。埃混じりの空気を吸い、咳き込む。ここは……?「ようやくお目覚めだね、眠り姫」 床に転がるティジの体を後ろから飛び越え…

  • 12.想い

    「こ、おり……?」 たどたどしい言葉に構うことなくレイジは腹立たしげに舌打ちした。「さっきの蔦のせいか!あれで外から魔力与えて干渉したってわけか!小賢しいマネしやがって……!」 声を荒げ、ティジを睨む。ぐったりとしているがまだ意識はあるよう…

  • 13.その後

     城内の病室。クルベスはベッドの脇に置かれた椅子に座る。ベッドの上には体を起こしたルイがいた。窓の外を遠い目で見つめている。「ルイ、朝食だぞ」 朝食をのせたプレートをサイドテーブルに置く。おかゆを匙ですくい、ルイの口元に差し出す。 あれから…