chapter.4

  • 01.諸々の懸念と大人たち

    「簡単に話を聞くだけだから。そんなに硬くならなくて大丈夫だよ」 王宮の医務室にてエディはティジにそう声をかける。今回の一件――ニィス・ヴェントによる一連の件についての事情聴取のために訪れたのだ。 そんな二人を横目にエスタは『そういえば俺も弟…

  • 02.雪花-1

     それは今から十四年前。レイジ・ステイ・カリアが九歳の時のこと。自分が抱えていた悩み――水を凍らせるようになってしまったということを伯父のクルベスに打ち明けた日。 クルベスと共に帰宅してすぐ、レイジは両親に今回の騒動――魔法の発現について話…

  • 03.雪花-2

     助手席に座り、ソワソワと指先をいじるレイジ。別に何となく暇だからこうやっているだけであって、決して緊張しているからではない。断じて違う。「初めてだな。二人だけで車で出掛けるの」 こいつはわざと言ってるのだろうか?憎たらしくなって隣りの運転…

  • 04.雪花-3

     バケツから跳ねた水飛沫。それはつららのように凍り、鋭利な先端をクルベスに向けた。 一切のブレも無く飛んだソレをクルベスは咄嗟の判断で避けて事なきを得る。 いや、少し頬を掠ったらしい。茫然と見つめる視界の中でクルベスの頬にうっすらと一本線が…

  • 05.雪花-4

    「うん、なるほど。よく分かった」 青年はそう頷いてレイジの手から氷を受け取る。氷はひどく形を歪めて、ポタポタと水滴を落とす。先ほどクルベスたちの前でおこなった時と比べると幾分かマシだが、それでも尋常じゃない疲労感に襲われた。「周辺の空気の流…

  • 06.雪花-5

    「レイジ!いたら返事をしてくれ!レイジ!!」 何度も甥の名前を叫ぶクルベス。レイジが行方をくらましてからおおよそ一時間が経とうとしている。それでもこのやたらと広い王宮はまだまだ捜索しきれない。 先ほど負った頬の傷が痛みを訴えるがそんなことは…

  • 07.雪花-6

    「ということがあってね。私としてはいくつかの仮説は立てられたのだけど……」 自室に戻ったサフィオは目の前の人物に今回の騒動を話す。サフィオは一つ息を吐くと相手の目を見据えた。「とりあえず一つ聞くね。ねぇリヴ。きみ、あの子に会ったでしょ」 そ…

  • 08.雪花-7

     翌日。クルベスが作った朝食を食べ終わった頃に、あいつが持っている携帯電話に連絡が入った。慌てて用意して昨日と同じ場所――庭園に足を運ぶ。「まずはこれに目を通してほしい。ここに書かれている方法をもとに魔術の練習をおこなっていけば改善が見られ…

  • 09.雪花-8

     息を吐く。あの力を使用したことによる疲労感からではなく緊張が解けたからだ。 ホースから出ていた水は見事に凍ったが、昨日クルベスたちの前でおこなった時とは違って異常な疲労感に見舞われない。 強いて言うならこの力を扱うための理論と力に対する意…

  • 10.雪花-9

     それからは休日は城のほうにお邪魔して魔術の練習をする習慣ができた。(念のためお父さんとお母さんに『これからはお城のほうに出向いて魔術の練習をしたい』と言ったら、あっさり了承がもらえた。心配性のお父さんがあそこまで快く了承してくれたのは正直…

  • 11.雪花-10

     さっきすごい叫び声が聞こえたけど大丈夫かな……。 レイジはかなりキツめのお灸を据えられたエディが少しばかり可哀想に思えたものの、先ほどの不愉快な発言(嫉妬がどうとか。そんなわけないだろ)を許す気はない。 ……なんかムシャクシャするな。とり…

  • 12.雪花-11

    「あれ、どういうつもりだよ」 隣りに座るクルベスをキッと睨みつけるレイジ。 あの後クルベスから魔術の練習や護身術を教わった。ティルジアはただ見ているだけだったが、それでも非常に楽しそうにしていた。 日が暮れてきたので切りのいいところで終了し…

  • 13.雪花-12

     あの日以降、魔術の練習に加えて護身術も教わることとなった。視界の端に興味津々な様子で見学しているティルジアが映る。ときおり真似をするかのように手をわちゃわちゃと動かしている様子が微笑ましい。 ところでクルベスの目を盗んで、ティルジアに『自…

  • 14.雪花-13

     次の週末。王宮にて魔術の練習に励んでいるといつものようにティルジアくんが見に来た。しかしどこか様子がおかしい。 どうしたのだろう、と内心心配しているとそれに気づいたクルベスが説明してくれた。「いや、この間この子を外に連れていったんだよ。で…

  • 15.雪花-14

     今日も今日とてクルベスから護身術を教わったり魔術の練習に励む。 それにしてもここ最近ようやくコツでも掴めたのか、魔術の練度が目に見えて向上している。人に見せることが良い方向に働いたのだろうか。  そこでふと今日はティルジアくんの姿を見てい…

  • 16.雪花-15

     結局ティルジアくんと再会したのはあの子の祖父――サフィオおじいさんの葬儀の時か。 今更こんなことを思い出したのは久しぶりにあの子と会ったからだろう。 病室の扉をぼんやりと見つめながら、先ほど見送ったあの子のことを考える。 『話を…

  • 17.お出かけ-1

     国王の執務室。そこでジャルアとクルベスは膨大な量の書類の内容を確認していた。 それは来月からティジとルイが通う初等部に提出する書類であった。 ルイたち一家が何者かに襲撃されてから約四ヶ月。 ルイもすっかりこの城に慣れて落ち着きを見せている…

  • 18.お出かけ-2

     久しぶりの外出。平日だから人でごった返しているわけではないがそれでもほどほどに人はいる。 手を離したら迷子になってしまいそうだ、と繋いでいる手を握りなおしたルイにクルベスが問いかけた。「ルイは行きたい場所はあるか?ルイの誕生日、ちゃんと祝…

  • 19.お出かけ-3

     図書館に足を運んだティジたち一行。 やはり好きな物に囲まれていると心が落ち着く。今日訪れた場所の中で一番のびのびと過ごせている気がするな、とティジは顔を綻ばせた。 高いところにある本はクルベスに取ってもらい、ティジが抱えている本の総重量は…

  • 20.萌芽-1

     朝、小鳥のさえずりが外から聞こえる。窓の外には八月の晴れ晴れとした空が広がっている。爽やかな、いたって何の問題もない朝。 ――ある一点をのぞけば。「うぁああ……もう何なんだよぉ……っ」 先ほどまで見ていた夢。それによってもたらされた自身の…

  • 21.萌芽-2

     クルベスさんから『ルイのこと、よろしく頼む』と頼まれた俺――エスタはそのまままっすぐと弟くんの部屋へと向かった。 弟くんの部屋に腰を据えてまっすぐと見つめる。気まずさからか身の置き所が無い様子の弟くんに俺は優しい声で問いかけた。 …

  • 22.萌芽-3

     ――遡ること30分ほど前。 エスタに事情を話したルイは自室で頭を抱えていた。 クルベスやエスタさんに心配させて……ティジを不安にさせてしまった。自分の行動でみんなに迷惑をかけている。 いっそのこと、この気持ちは単なる思い込みだと決めつけら…

  • 23.萌芽-4

     頃合いを見てクルベスが私室に戻るとルイは膝を抱えて丸まっている状態になっていた。部屋の主が戻ってきたことに気づいたルイは大変申し訳なさそうに「ご迷惑を……おかけしました……」と詫びる。「……どうしよう」 目を潤ませたルイは憂いの表情で嘆く…

  • 24.萌芽-5

     その日の夜。ルイは自室でガックリと肩を落としていた。ティジへの気持ちが意図しない形で本人に伝わらなかったことに喜ぶべきだろうが、とてもそんな気分にはなれない。 あの反応だと完全に脈ナシだ。『好き』と言われて一瞬でも舞い上がった自分に嫌悪感…

  • 25.萌芽-6

    「俺は認められない」 夜半。国王の私室にてクルベスからの報告を受けたジャルアは滅多に見せることのない気迫のある表情で言い放った。 クルベスから今回の一件を聞かされた時、ジャルアは手にしていた万年筆を落とした。 王位を継承した際に与えられる、…

  • 26.から風混じりの寸暇-1

     王宮の医務室。先日、ブレナ・キートンと対峙した際に負った傷の経過をみせていたエスタは何の気無しに口を開いた。「こうしてみるとクルベスさんってお医者さんなんですね」「あぁ、医者だぞ。何を今更」 手や指の動作に問題はないか確認するクルベス。そ…

  • 27.から風混じりの寸暇-2

    「二人ともおかえり……」 学校の正門から出たティジとルイ。そんな二人を待っていたエスタは覇気のない声で二人を迎える。 日頃は元気が有り余っているエスタが何故このような様子なのか。それは今日ティジたちが学校に足を運んだ理由と関わっている。&n…

  • 28.から風混じりの寸暇-3

    「そういえばティジ。学園祭の時に聞きそびれたことについて、結局何だったんだ。もし何か悩んでいることがあるなら聞かせてくれないか」 図書館から帰ってくるなりクルベスに呼び出され、クルベスの私室に足を運んだティジ。ソファに座るよう勧められて腰を…